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2017-11-07 12:55:00

今年も、早稲田祭の二日間には、たいへん大勢のみなさまにお越しいただき、ありがとうございました。

 

相変わらず、お昼の、限られた時間帯に一斉に来店されることから、入れない方も多く、ゆきとどかないこともあったかと思います。

それでも店内の様子から、今年はとくに、「3つのオレンジへの恋」を愛し、愛される方々が多い気がいたしました。

ありがたいことです。

 

ところが、そんなときに、お釜の調子が悪くなり、追加のごはんが焚けなくなってしまい、途中からは、ドリンク・デザートだけになってしまいました。

「3つのオレンジへの恋」のオムライスを楽しみにされていた方には、申し訳ないやら、残念やらとなってしまいました。

 

早稲田祭明けの月曜は、臨時休業とさせていただきましたが、続く今日、火曜日はさわやかな秋晴れに恵まれたのに、「爆弾予告」事件。

大迷惑は大学はもちろんですが、それだけではないのです。

本当に困ったものです。

 


2017-10-31 18:23:00

月刊少年雑誌は、こどものたからものでした。

「鉄腕アトム」「鉄人28号」・・・連載漫画は、よく1か月間も、続きを待っていたものです。

長嶋茂雄選手も登場した、テレビの華々しい宣伝によって「週刊少年サンデー」が創刊されるまでは・・・。

当初、「少年サンデー」はマンガだけでなく、うたい文句の科学の記事など、けっこう、活字のページもあった「こども向け週刊誌」でした。

 

『少年』『少年倶楽部』『冒険王』『漫画王』・・・学習雑誌の『小学〇年年生』。

予告の期待が裏切られることの多かった、月刊誌の「豪華〇大付録」は、一けた台からすぐに「10大」になり、最後は「20大付録以上」になったのではなかったか。別冊付録のマンガも、とてもうれしかった。

 

私は武内つなよしさんの、少年剣士「赤胴鈴之助」がすきで、『少年画報』のファンでした。

それぞれ、雑誌専属の、笑顔いっぱいの少年少女のモデルが、文字通り雑誌の顔でした。

『少年画報』の表紙は、設楽幸嗣(したらこうじ)少年でした。

おかげで、設楽幸嗣という、難しい名前の読み方を、早くから覚えることができました。

 

先日、「3つのオレンジへの恋」に、サングラスと黒い帽子、黒ずくめでおしゃれな熟年男性と、仕事の関係者と思われる二人の女性がみえました。

みなさん、とても楽しそうに会話をされていて、デミハヤシオムを口にした男声の、「美味しい!」という声も聞こえてきました。

 

音楽談義もされていたようで、やはり、音楽関係の方だろうかと思っていました。

帰り際に、女性の一人から手渡されたコンサートのチラシに目をやると、「設楽幸嗣オンステージ」とありました。

忘れもしません。

「こどものころ、『少年画報」』の表紙で、同じ名前の少年がいましたが・・・」

まさか、同一人物とは思わずに、私が言うと、その男性が、自分がそうですと。

「エーッ!!!」

 

チラシのプロフィールを拝見すると、たしかに「少年画報」の経歴も記載されていました。

何というべきでしょうか! 

愛読していた少年誌の、「表紙モデルだった少年」と、それを「見ていた少年」同士の、およそ60年後の対面でした。

設楽さんは、かつては俳優もされていて、私もテレビや映画の字幕で、その個性的なお名前を目にした記憶が蘇ってきました。

 

プロフィールを拝見すると、今はミュージシャンとして、自ら演奏するかたわら、りりい、アリス、徳永英明をプロデュースされているのだとか。

 

幸い、「3つのオレンジへの恋」を気に入ってくれたようで、是非またお目にかかりたいものです。

店に見えたときと同じ、サングラスにお帽子の、チラシのかっこよい顔写真には、確かに、「少年画報」の少年のイメージがありました。

 

この日は、男子学生が感激の極みで、客席で「美味しい!」と声を上げ、私にもその気持ちを伝えてくれました。

 

続く月曜には、九州の早稲田佐賀高からやってきた3人の学生が、応援に行った「早慶戦」は負けたけど、オムライスの大盛を食べて、喜んで帰ってゆきました。

よかった、よかった。

いずれも、うれしいことでした。

 

 


2017-10-13 17:43:00

先日、法政大学チアの女子4人がやってきました。

「3つのオレンジへの恋」のオレンジカラーが法政と同じだとよろこび、「初めてのオムライス」を目にしては、一段と歓声を上げていました。

 

敬意を表して、法政大の校歌を流すと、さすがに、曲の出だしですぐに気が付き、拳を握りしめ腕を上下させる、おなじみのポーズをとっていました。

早稲田もそうですが、チアの厳しい鍛錬を感じさせない、快活で爽やかな4人に、店の中が明るくなりました。

「校歌」のCDは、六大学の校歌・応援歌を収めたものでしたが、法政にとって、今回、東大だけはちょっと・・・という年だったようです。たしか、あの斎藤祐希投手だって、東大に敗れたこともあった・・・。

 

このとき、教職を目指して、この春、教育学部大学院に進学した、K子さんが、イケメンくん二人を連れてきていました。

K子さんは学部在学中はボート部に所属していた、元気いっぱいのスポーツウーマンで、イケメンくんの一人は、K子さんの高校時代の後輩で、立教大学野球部の選手だそうです。

「3つのオレンジへの恋」は、偶然にも、「六大学」体育会系のムードで盛り上がりました。

 

K子さんに聞くと、当然のことながら、高校時代はついこの前のこと。

かたや、私の方は、高校卒業後、半世紀が過ぎていることに、我ながら驚きます。

 

天候が悪そうで心配ですが、次の日曜日に行われる、第52回ホームカミングデー。

私は、卒業後45年目の招待年(昭和48年卒)ですが、その次はいよいよ最終の50年目を残すだけです。

ホームカミングデーとはどんなものだろうかと、卒業後15年目に初めて参列してから、もう30年が過ぎてしまった・・・・。

青春の日の思いとは遠く隔たった現実に、涙で、「都の西北」が歌えなかったこともありました。

 

若い諸君に、若いっていいなあと、あらためて思った、その日のことでした。

 

 


2017-09-30 19:53:00

「3つのオレンジへの恋」に「新しい顔」ができました。

ドリンクの自動販売機です。

「3つのオレンジへの恋」の外観にマッチした、緑の植物をあしらった、憩いのデザインです。

お気軽にご利用ください。

 

今年の夏は、早稲田を卒業していった嬉しい顔が、何人も訪ねてくれました。

「マッチワーク」というサークルで活動しながら、4年間通ってくれた山口君は、東大の大学院に進み、日本の古典文学を研究。今は高校の先生を勤める傍ら、区のカルチャースクールでも講座を受け持っているそうです。優しい人柄で、きっと評判がいいことだろうと思います。

 

今年の春、突然「登場」して、「わたし美術館」という、素晴らしい絵本を作成した、女子の高橋さんと、佐宗さんの二人も。

高橋さんは、現在就職先の岡山で勤務していますが、夏休みに帰京して、早稲田の大学院に進んだ佐宗さんと、やってきてくれました。

初めて親元を離れた高橋さんも、新たなで学究生活を送っている佐宗さんも、心身とも充実した様子がうかがえ、安心しました。

 

 

むかし、商社に入った私は、1年目の夏休みに、大学の同級生3人と三宅島に遊びに行ったのですが、慣れぬ会社生活に疲れ切って、着いた日の翌日は、3人とも食事もとらないまま、夕方近くまで寝ていたことを思いだしました。

 

夏の最後には、アルバイトで活躍してくれた女子、りこちゃんが、結婚されたご主人と二人でやってきてくれました。

大震災の試練を乗り越えられた、この方ならばと思うご主人で、とてもよいご夫婦だと思いました。

いまお二人は、石巻で「はまぐり堂」というカフェを経営されています。

大変好評で、みなさんも石巻に行かれた際にはぜひお立ち寄りしてみてください。

 

最後に、もう一人の女子、浅井さんの嬉しい顔。

高3の夏休みに、一人で早稲田大学見学にやってきて以来、「3つのオレンジへの恋」と、心の友になりました。

あのときと同じように、夏の終わりにやってきてくれましたが、いまは、はやくも名門私大の3年生で、教職を志望しています。

一度、会社員の経験も積んでみたいと思っているとのことで、彼女なら、そのすべてが糧になるだろうと思います。

ますます輝くような「いい顔」になってゆき、将来が楽しみです。

 

 若い彼・彼女らに幸あれです。

今年も、「早稲田の親」として、とても嬉しい夏となりました。

 

 


2017-09-12 16:56:00

(申し訳ありませんが今週はお休みで、翌週25日より営業いたします)

 

 

今年の夏、ベンチャーズのライブを、初めて聞きにゆきました。

 

エレキギターサウンド、エレキバンドが登場したのは私が中学生のころ。

ロマンティックだった「霧のカレリア」のスプートニクス、曲頭と終わりに通信音が出てくる トーナドース(トルネードーズ?)の「テルスター」、ピシャピシャと聞こえるサウンドが個性的だったアストロノーツの「太陽の彼方に」が特にお気に入りだったが、多くのヒット曲を持つベンチャーズは圧倒的な存在でした。

 

高校1年のときに、同級生が「10番街の殺人」を2枚買ってしまったからと、「友情」の1枚を「定価」で買い取りました。もちろんドーナツ盤レコードですが、いくつかの録音がある「10番街」の演奏は、キーボードが活躍する初期のこの演奏がやはり一番。

その年の記念祭(学園祭)で、他クラスの男子が早くもエレキバンドを組んでベンチャーズの数曲を演奏しました。演奏技術は別にして、男女の学生が半ばあきれ驚きながら聞いたものです。

 

同じ年か、その翌年であったか、ベンチャーズが来日して、フジテレビの看板番組だった「スター千一夜」に出演しました。

トークの後に「キャラバン」が生演奏され、そのとき目にした、ドラム奏者のメル・テイラーが、彼のすぐ横に位置を移したベース奏者の弦を、スティックで叩いてメロディーを奏したシーンは衝撃的でした。

 

次の日から、高校のクラブ「美研」の合宿に行きましたが、先輩の女子と、前夜の「キャラバン」を興奮気味に語りあったものでした。

 

ベンチャーズのライブでは、アンコール最後の演奏が、この「キャラバン」でした。

ドラムを、亡くなったメル・テイラーの息子リオンが受け次いでいてくれたのは、「初代ベンチャーズ」を愛する元少年ファンとして嬉しいことでした。

彼は、父親の「キャラバン」の、あのときの衝撃をさらに上回る超絶技法を披露してくれました。エレキ演奏が終わった後に、ドラムだけで、最後はスティックのみであちこちを叩いてまわり、ただそのリズムや強弱だけで延々と、聴衆を惹きつけた独奏は圧巻でした。

 

「ウオークドントラン」「ダイアモンドヘッド」「パイプライン」「ワイプアウト」(サファリーズと競作)「アパッチ」「テルスター」「朝日のあたる家」・・・・ヒット曲が多すぎ、曲名が思いだせないものもあり、聞いたことのない曲もありました。

「京都の恋」「京都慕情」「二人の銀座」「雨の御堂筋」、加山雄三に提供したエレキ曲「ブラックビーチサンド」など、ベンチャーズが日本の歌手のために作曲した曲は、もう、NHK「思い出のメロディー」の世界で、何だか胸が一杯になってきました。

 

レコードのように、何度も繰り返して聞くことができないもどかしさを感じつつ、会社時代の先輩とビールを酌み交わして帰路に。

 

荒っぽい気候だった今年の夏もいよいよ終わりますが、早稲田はもう少し夏休み。

「3つのオレンジへの恋」は今週は営業していますが、祝日の入る来週1週間はお休みとなります。

 

 


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