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2017-03-26 14:57:00

いつもご利用ありがとうございます。

卒業式の二日目、一人のご婦人客を大変お待たせしたうえ、式の時間が迫って、召し上がらないままで帰らせてしまいました。

せっかく楽しみにこられたのに不愉快な思いをさせてしまいまして、まことに申し訳ありませんでした。

 

この日卒業してゆく学生さんやご父兄が大勢見え、「美味しい」と喜んで頂いたラッシュアワー状態のあとの、まさかの出来事で深く反省しております。

帰られた時には、責任者の私が折悪しくそこにおりませんでしたので、適切な対応もできませんでした。

 

思い出となる大切な日に、本当に申し訳ありませんでした。

 

もしまた早稲田に来られることがありましたら、お詫びのかたちをとらせていただきますので、是非お声をおかけください。

心よりお待ちしております。

 

卒業式3日目はあいにくの雨模様、前日の好天気が嘘のようです。

バイトで働いてくれた文学部の女子が、お雛様のようなはかま姿でやってきてくれました。

「雨女」ではないのに入学式も雨だったと・・・。

 

さあ!我々もあらためて、気を引き締めてゆきます。

 


2017-03-20 19:48:00

「普通のオムライスをおねがいします」

おじいちゃん、おばあちゃんら家族5人で見えた、ママが言いました。

 

メニューの「特製オム」を四つ注文した後、さらにママが「普通のオムライスを」と口にするので、私は「普通のオムライスなら、よそでお願いします。当店はみんなオリジナルの特別製です」と、失礼のないようユーモアを込めて言いました(つもりです)。

 

どうやら、4~5歳と思われる小さな女の子が、「普通のオムライス」を希望しているようでした。

私だって、大人になってからも「オムライス」と言えば「フツーのケチャップ オムライス」しか知らなかったので、無理もありません。結局、女の子は「フツーのオムライス」ではなく、「太陽から生まれたトマトソースオム」を食べることになりました。

 

帰り際、その女の子は、一人で、レジの横の私の前に立ちました。

「美味しかったでしょ?」

女の子は黙ってうなづくと、小さな右手を差し出しました。

私も、自分の孫たちと会ったとき、別れるときに、いつも挨拶代りの「握手」をするように、右手を差し出しました。

すると女の子は握手ではなく、ポン!と軽く”ロータッチ”をしたのです。

 

タッチなんだ!!!

 

落ち着いた、愛くるしい子でした。

その顔は満足感に溢れていました。

表で待っている家族のところに向かう、小さな後ろ姿には喜びがあふれていました。

 

夢のような早春のひと時でした。

 


2017-03-13 14:25:00

もう1年前のことになりました。「3つのオレンジへの恋」が文化放送「吉田照美 飛べ!サルバドール」にラジオ出演、レポーター役の鳥居みゆきさんがやって来られて、その妖しくも可愛い魅力をいっぱいに振りまいてゆかれました。

 

以前、吉田照美さんが、「食レポ」で褒める言葉に困ったときには「優しい味」ですねと口を濁すと聞いたので、「3つのオレンジへの恋」では、「優しい味」とは「最高の称賛」の言葉であり、人が感じる「自然で素直な気持ち」の表現なのです、ということをブログに書いたことがきっかけでした。

 

先日、「石焼きオム」を召し上がった一人のご婦人が期せずしてこう言ったのです。

「とっても優しい味ですね。美味しかった」

「そうでしょう!」

我が意を得たりでした。

 

良いものを口にし、食すると、体の中から美味しいと、声にならない声が聞こえてくるのです。「3つのオレンジへの恋」の「特製オム」が、「特製クレームブリュレ」がそうなのです。強い味・濃い味・人工調味料や添加物などでごまかしたものは、お腹は膨れてもその「声」は聞こえません。体が喜んでいないことがわかります。

 

私はこのご婦人に、吉田照美さんとの“エピソード”を披露し、あの日スタジオで「デミハヤシオム」を食べていただいた照美画伯による「自画像」と”優しい味だね“とのコメントつきの、そして「お目めと鳥居」のイラスト入りの鳥居みゆきさんと、可愛いイラスト入り「室りん・てるみ」アナと三人の、「豪華サイン入り色紙」を見ていただきました。

そしてご婦人は満足気に引き上げてゆかれたのでした。

 

3月14日(火)から営業いたしております。

 

 (付記1)

前回記事は「占いの不思議」についての、私の体験です。

 

 (付記2)

「飛べ!サルバドール」を聴いていると、鳥居みゆきさんが出演していて、「整形美人も多いので、美しいと言われるよりは可愛いと言われたり、妖しい魅力と言われたい」と言っていました。

「不思議」なことですが、このHP上で、みゆきさんの言葉を先読みしたかのように、「妖しくも可愛らしい」と評させていただいていました。

 

照美さん、みゆきさん、丁度1年前のこの3月16日に、「3つのオレンジへの恋」からの中継を、あらためてありがとうございました。

 

今日は、番組の最後に鳥居みゆきさんが吉田照美さんにあてて書いた「手紙」を、照美さんが読み上げたが、ふざけながらも随所に光る文才、鳥居みゆき、やはりただものではありません。

思い出の「飛べ!サルバドール」

本当に終わってしまうの?

 

 


2017-03-02 14:50:00

「美味しいという評判を聞いてやってきました」

男女3名の学生は、それぞれ歓声をあげながら「石焼きオム」と、デザートの「ブリュレ」も食べて、大満足でひきあげてゆきました。

一人で来られたご婦人も、「美味しかったです」と言って帰って行かれました。

 

大学入試も終わって、いよいよ3月に入ったこの時期、人の流れは少なくなりますが、お客様の温かい言葉は寒さを吹き飛ばしてくれます。

この時期は就職活動の時期でもあります。

 

━━超がつくノンビリ屋の私は、学生だったとき、「就職活動」というものが始まっていたことを知らず、慌てて回った時には、大手銀行や有名企業のいくつかはすでに採用が終わっていました。「リクルート社」から、分厚い企業案内が贈られてきましたが、大学側が催したであろう「就活セミナー」のことは全く知りませんでした。

 

それでも新3年の春には総合商社に就職が決まっていた、ある夜更けのことでした。

下りの小田急線で帰宅の途上、「占い」の先生に突然話しかけられました。

人気のない車内で、たまたま向かい側の席に座っていたおじさんが、ずっと私を見つめていたのがわかりました。良い気はしなかったが、席を立ったと思ったら、私の隣に座って話し出したのです。

神奈川県央の市に在住していて、全国的に有名な先生なのだそうで、この日も仕事で、たしか愛知県からの帰りだと。

 

その方は、たまたま私の正面に座ったところ、私の周りに見えるものがあったので、教えてあげたいからと言われて驚いた。ふつうなら(おそらく高額な)「見料」をとるので、そのようなことは珍しいのだそうだ。

「お祓い」が必要だと言われたら、気持ち悪くてやっかいなことでしたが、私の周りにいるのは、先祖の霊で、よい霊だとのことで安心しました。

 

幼い頃からこれまで、多くの人に可愛がられ、慕われたように思うが、ご先祖様に見守られていたのかもしれない。

 

しかし、食うか食われるか、人を蹴落とすことも、自分が勝ち抜くうえでは必要な商社で、私は相変わらずのノンビリ屋のお人よし、不器用で要領も悪く、偉くなろうという気などさらさらなく、裏切られたり、ひどい仕打ちを受けたり、「攻撃型人間」のいいカモになったと思う・・・私の至らなさで、「ご先祖様」をもってしても守り切れない「力」は存在した。

 

━━その「占い師」は、私の就職は建設会社が良いと言った。もう一つ二つ職種を言った気がするが憶えていない。

当時、「不動産屋」「土建屋」という呼称がよくつかわれたが良い意味ではなく、私にその気もなく、時期的にももう無理だった。

 

私の商社時代、配属先や、必ずしも男だけではないヒトの運にもめぐまれなかったが、「不動産屋・土建屋」を相手にする営業部門に配属されたときには、「占い師」の言葉を思い出した。

 

土地や建物の売買、建築工事など、高額な財産を扱う仕事。何のしがらみもない社外、外部の人たちが私を信頼し、大切にしてくれた。管理部門から移動してきて早々、幾つか商談がまとまった。

 

自慢するタイプではないが、内心、誰でもできることではないと、手ごたえを感じていました。学生時代には興味がなかった業界でしたが、後々まで「作品」が残る「街づくり・建築物」にロマンを感じました。

 

━━各駅電車で私が先に降りるまで、駅を二つか三つ走る間の、短い時間のことでした。

凄いと思うのですが、ひと目見ただけなのに、「将来は〇〇に注意しなさい」と、健康上のことも言われました。若い盛りだったので、聞いた私に真剣さはありませんでしたが、あのとき聞き直しておけばよかった・・・限られた時間の中で話してくれた「占い師」の言葉・・・突然のことで、緊張もあっていくつかのことを憶えているにすぎません。

 

人生の晩年も困ることはないだろうという言葉を頼りに、「3つのオレンジへの恋」とともに、さらに暫く生きてゆこうと思うのです。

 

(付記)

商社時代のつながりによって、ある女性占い師とのご縁ができました。

家内の友人の主婦や、バイトをした学生などが頼ってよく相談するのですが、「先行き」が怖いくらいに当たってしまいことが多く、「特殊な能力」というものはあるのだと、改めて思います。

 

小田急線で出会ったひとは、「占い師」というよりも「霊能者・超能力者」というべきかもしれません。何も訊くこともなしに、「霊視するだけでわかってしまう」ようで、まさに「黙って座ればピタリと当たる」です。連絡先を教えてくれましたが、怖いようでもありそのままになってしまいました。

 


2017-02-24 17:10:00

昨年の暮、私は何十年ぶりかで万年筆を買ってみました。いつも万年筆でお便りを下さる、早稲田OGのある方を見習ったのです。

大切にされておられる万年筆で書かれた達筆な文字からは、その方のお人柄とともに、書いている喜びすら感じられます。

 

私の学生時代には、早稲田大学生協で買った中国製の安価な万年筆━━矢印型クリップなど、デザイン外観は完全に米国パーカー社製のパクりで当時問題になっていた━━「英雄」を気楽に使っていました。意外に故障もなく結構長い間使えました。

 

今も何冊か手元に残してある当時の教科書の奥付けには、「早稲田大学第一法学部」と自分の氏名・購入日とが記されています。父の字体を手本として、万年筆で書いたもので、今見ても我ながらきっちりとした文字だと思います。今ではっかり崩れてしまい、よほど気持ちを入れても同じようには書けません。

 

今回、同じ生協で購入したのは国産の普及品だが、久々の万年筆を手にすると、あまりにも慣れてしまったボールペン、とは異なる指先の感触、重さ、バランス、筆圧、書き味にただただ戸惑うばかりです。試し書きのようになった挨拶状の添え書きでは、指先は思うように動かず、老眼も加わって、これが自分かと思うほどの悲惨な文字になってしまいました。

 

私も若い頃には筆まめで、「我が思い」を伝えてくれる手紙を、苦もなく丁寧な字で書いたものでした。今は眼鏡をはずし、作品に顔を付けるようにして版画制作に取り組んだ「宗像志功」さんのようになってしまい、「書く喜び」は「苦行」にとって代わってしまいました。

パソコンは、決して目に優しくはないし目の負担が大きいが、画面の明るさにはたすけられています。

 

私もそろそろ眼鏡の新調どきかもしれません。

何の根拠もなく、近眼の度が強いと老眼にはならないと、勝手に思いこんでいた時期があった・・・。

 

 


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