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2017-07-26 14:30:00

早稲田大学には全国の高校や中学から見学者がやってきます・・・大隈講堂前に観光バスが停まっていると、つい校名が書かれたプレートに目がゆきます。

 

先日は「3つのオレンジへの恋」に、県立福島高校二年の女子3人がやって来てくれました。

オムライスを食べ終わると、これから神保町の古書店街に行くと言って、暑さが一段と厳しさをます中を出てゆきました。今どきの3人ですが、会津人の美徳か、物静かで落ち着きがありました。

 

あれは2013年オープンキャンパスが終わったあとの、まだ暑い盛りのことでした。

ひとりの女子高生が、「3つのオレンジへの恋」にヒョッコリやってきたのです。

埼玉県の有名私立高の三年生で、真直ぐひたむきで明るい性格はとても好感がもてました。

進路を決めかねていた彼女Aさんは一人で大学を見てまわり、すっかり早稲田が好きになったそうです。「3つのオレンジへの恋」のことも気に入ってくれ、心の交流が始まりました。

 

Aさんは、現役で名門の私立大に合格していたのですが、絶対早稲田に入る!と浪人生活を選び、1年間猛勉強しました。臨んだ入試の結果は、本当に零コンマ何点の僅差で届かなかったとお聞きしました。

初対面以来何度もお会いしたAさんは、内から輝き出る何かがあって、それは決して誰にでもあるものではなく、おそらく女子アナウンサーになるような人にあるものだと、胸の内で言ってあげることしかできませんでした。

 

いまは歴史と伝統のある大学に通っているAさんですが、たまに元気な顔を見せてくれて、学業にバイトにと多忙な学生生活を送っているようです。

 

そのAさんのお父さんとも、当方のブログの記事などを通じて交流が始まったのでした。

多弁な人は「作文」が苦手というケースが多いが、Aさんのお父さんは文章も「多弁」なのです。

 

━━私が学生時代に単独で参加した、恒例の「本庄ー早稲田100キロハイク」。

深夜、最後尾グループで落伍寸前だったときに、早稲田精神昂揚会の若者 川口君が、人気のない国道17号線の暗い夜道を懐中電灯で照らしながら、私に付添い励ましてくれたので大宮の仮眠所まで辿り着き、何とか完歩できたのです。その彼がこともあろうに当時文学部キャンパスをロックアウト・不法占拠していた過激派に監禁され惨殺されてしまったのでした。大学構内で絶対にあってはならないことでした。

 

ニュースでは幼いときに父親が亡くなったと伝えられ、女手一つで育て上げられた母親のことをを考えると暗澹たる思いになりました。あのころは、六大学野球の試合中に送球を頭部に受けて若い命を落とされた早稲田の野球部員のことや、自身のこころの痛手も重なり、何を見ても涙が溢れ出てくるのでした。

 

私と川口君との人生における一瞬の出会いなど、ブログをご覧になったAさんのお父さんからは長文のメールやお電話をいただきました。その後お会いもしましたが、「熱血父さん」は私同様、人一倍涙もろい方でもありました。

 

ブログといえば、テレビ朝日さんの矢嶋悠子アナウンサーが、ご自身のブログで「3つのオレンジへの恋」について素晴らしい一文を書いてくださいました。

 

オープンキャンパスよりも受験期に近いシーズンのことでした。

お馴染「ちい散歩」の姉妹編で、CS朝日さんの「やじくぼ散歩」という番組の取材で、久保田直子アナとのお二人~やじくぼ~でやって来ました。お二人ともとても感じよく、ていねいに取材していただきましたが、学生時代に戻って味わい楽しんでいただけたのではないかと思います。

 

番組の冒頭で矢嶋さん(中央大)と久保田さん(立教大)が、早稲田に来ると、受験期の思い出につながるので胃の辺りが痛くなると告白していましたが、お二人とも天文学的に難しい女子アナウンサーの座を射止めたのです。

 

いつもテレビで拝見している人気女子アナの二人がやってきてくれたとは、今も信じられないくらいですが、お二人から頂いた色紙が夢ではないことを物語っています。

 

カエルが好きだという矢嶋アナは、偶然カエルの絵のついた湯飲みでお茶が出され大いに喜んだこと、オムライスとクレームブリュレがとても美味しかったとなどを写真入りのおしゃれなブログ、「矢嶋悠子のお散歩日記」~3つのオレンジへの恋~に載せてくれました。日頃お忙しいだろうに・・・きっと矢嶋アナも文章を書くことがお好きなのだろう。

 

しかし、気が付けば「3つのオレンジへの恋」を含む矢島アナのブログ記事はなく(残っているのは地井武男さんに捧げる最終回だけ?)、わが「3つのオレンジへの恋」の回の、おしゃれでセンスのよいあの文章と写真・・・「保存」しておけばよけばよかったと少し悔やんでいます。

 


2017-07-20 13:32:00

「3つのオレンジへの恋」は、いまから15年前の2002年4月にオープンしました。

まったく経験も予備知識もない飲食業の世界・・・脱サラからのこの15年は、文字通りハイハイからよちよち歩きを経ての「第二の人生」でした。

 

苦労の末、「3つのオレンジへの恋」は、いまでは早稲田の「こころのふるさと」の ひとつ になれたのではないかと思っています。家内とそのお友達の主婦、歴代アルバイトの女子学生たち(初期は男子も)が頑張ってくれました。そして多くのお客様に支えられました。

 

グログでもふれましたが、「3つのオレンジへの恋」にとってもう一つの節目は、このサイトを立ち上げ、発信を開始した2010年の6月です。

商工会議所(新宿支部)にサポートを頂き、初めは手探り状態でしたが、この7年、HPやブログを通じてまだ見ぬ方との嬉しい交流もでき、今では「3つのオレンジへの恋」にとって欠くことのできない「メニュー」になりました。

 

将棋界の新星、藤井聡太四段は、若いながら自らのコメントの中で、「望外」「僥倖」という難しい言葉を使って周囲を驚かせました。私がちょうど同じ年代で高校の受験を控えていたころ、よく「達観」と「僥倖」という言葉を使っていた父に、「僥倖」の意味を訊ねたものです。

「望外」「僥倖」は将棋の専門誌でよく使われるといいますが、藤井四段が若い身そらで使いこなしていたのはさすがです。

 

やはり日常あまり使うことのない難しい言葉に「邂逅」があります。

私が中学生だった頃、父が亀井勝一郎の「人生の心得」という本を買ってきたので、パラパラと目を通していると、「邂逅」という、それまで目にしたことのない文字が。読み方が分からなかったので漢和辞典で調べた気がします。

思い違いかもしれませんが、「人生の心得」の中には、「邂逅」とは偶然の出会いという意味に止まらず、悩み求めた末に出会う、宗教にも似た哲学的な意味があるのだと書いてあったと思いました。

 

早や熟年になってしまった私ですが、振り返ると、小学校の時代から現在に至るまで、偶然にも思えた出会いに、目には見えない不思議な意思の力を感じるのです。親子家族関係だってそうです。「邂逅」の力を感じます。

人生の中には二度と会いたくない人もいましたが、現在も「3つのオレンジへの恋」を通じて、日々、多くの良い方々に出会えることは望外の喜びでした。

 

「出会い」や「出来事」はそのときだけの事象だと思っていましたが、数年後何十年後に、過去の人物や出来事が思わぬところでかかわりあってきて、「邂逅」の深い意味の一端を知らされた気がします。どこかで繋がっている「輪廻」の思想にも合い通じるように思いました。

 

いまも書棚のどこかにある亀井勝一郎著「人生の心得」・・・もう一度読み返して、青春の日の思索を辿ってみよう。

ここ早稲田の夏は、間もなく若い人たちのためのオープンキャンパスです。

 

 


2017-07-08 18:04:00

高速台風3号が過ぎ去った7月5日の朝。

早朝のラジオ番組で、生島ヒロシさんや寺島アナウンサーが、しきりに今日は空気が澄んでいると言っていたので、もしや?と、屋上に出てみると、水の中にあるような富士の山が見えました。

 

北風が塵を吹き飛ばす真冬には、東京でも白く眩い富士を目にすることができ、まれに4月や5月にも姿を見せることがありますが、7月に入ったこの日の霊峰は薄い藍色で、幾筋も、縦に大きく刻まれた谷には前夜降った雪が白く、再び荒れ模様を告げるかのような雲の塊を擁していました。まるで北斎の浮世絵の世界のようでした。

 

一方で、大気には水蒸気が満ちみちているのに透明度が高いという、滅多にはない気象条件の下、青い富士は、「映像の詩人」タルコフスキー監督の作品「惑星ソラリス」の中の、「水を通して眺める風景」のようでもありました。

 

いよいよ本格的な暑さがやってきましたが、「3つのオレンジへの恋」 では、今日も「瑞々しい食感」を提供いたしております。

 

この記事をアップした日、富士山がより近い中央線武蔵境から、暑さをものともせずロード用自転車でやってきた男性客が━━50代後半でしょうか、3時間はかかったそうで、復路は2時間でと言っていました。

もうかなり前のことになりますが、やはりロード用の自転車で、奥様にオムライスを届けるのだと、何回か杉並から環八経由で通ってこられた初老の男性がいましたが、この日の「武蔵境」は、おそらく「3つのオレンジへの恋」までの「最長自走記録」です。

 


2017-06-26 17:55:00

「フラガール娘」が、4人でやってきてくれました。

 

“45年ぶり”に、突然現れ出た「懐かしい名前」と「フラガール」の思い出。

そのとき、ドラマの演出であるかのように「3つのオレンジへの恋」の目の前を通り過ぎて行ったのが、フラガール姿の彼女たち━━「早稲田大学ハワイ民族舞踊研究会」の女子でした。

 

オムライスやブリュレを食べながらの賑やかな会話が続いていました。

 

あの日あのときに、彼女たちがフラガール姿で目の前を通り過ぎて行った不思議を描いたブログ、「若きフラガール」を是非読んでもらおうと、彼女たちが座るテーブル上にパソコンを移すと、彼女たちは一心に読んでくれました。

 

しかし、「物語」のきっかけとなった、「西原春男 早稲田大学元総長」のお名前については、さすがに知らないとのことで、「世代・時代」を感じさせられたものです。

 

読み終わったあとで、一人が訊いてきました。

「本当にあったことなんですか?」

「あったかもしれないし、創作かもしれないね」

 

ガラス越しのドアの幅の僅かな視界を、瞬間移動のように消えていったフラガールたち・・・・私の創作かもしれない「黒髪に花飾り」という言葉や「健康美」という言葉に、少し恥じらうように若さが反応しました。

 

「予想外が待っている!」

あのとき、彼女たちがイベント出演した「ワセダミュージアムウイーク 2017」のキャッチコピーです。演じたのは2曲、5分ほどのステージだったといいます。

 

ここ数年、大学「文化企画課」さんの有意義な催しを楽しませていただいておりますが、今年の春は「若きフラガール」が、私自身の予想外の「作品」となりました、

 

「ハワイ民族舞踊研究会」の若く美しいフラガールたち・・・早くも一生モノの趣味を身につけられ、羨ましい限りです。

 

「ミュージアムウイーク」今年のポスターで、「同研究会」のメンバーがアップで写っていた写真━━”健康美と幸福感にあふれ“、私はとても良いと思っています。

 

 

夜中に目覚めたとき、不定期に聴いている「ラジオ深夜便」にも、予期せぬ感動があります。

未明の時間帯に放送される「明日への言葉」に、「ミュンヘン オリンピック」男子バレーボールで奇跡の逆転金メダルを獲得した、森田淳梧さんが出演しました。

 

今から遡ること”45年前“の1972年。

日本時間の深夜に放送された、東ドイツとの決勝戦。

悲願の金メダルを手にし、監督も選手も「歓喜の泣き顔なのに涙が出ない」ほどの「死闘」であったと。

 

あまりの猛練習で身体を自分の脚や腕で支えられず、コートに顎から突っ込んで「顎が割れる!」のは日常茶飯!。

代表全選手が殺してやりたいと思ったという松平監督の壮絶な指導ぶりは、いま聞いても鬼気迫るものがありました。

 

まだ青春の一時期だった・・・・・「私のフラガール」は、この夜のラジオ放送を果たして聴くことができただろうか。

寝ないで応援していたという、ミュンヘンからの中継と同じ、深夜未明のことでした。

 

 


2017-06-22 13:45:00

「冷やし中華始めました」

毎年、今頃の季節になると、ラーメン店や中華料理店の店頭で見かける光景です。

いよいよ今年も夏が来たなと。

 

オリジナル オムライスの店、ここ早稲田「3つのオレンジへの恋」には「冷やし中華」はありませんが、今年も「夏の日の思い出オム」を始めました。

 

夏の陽射しの高原の思い出━━。

お皿の上の「新鮮野菜畑」に、スパイシーなサルサソースと、モッツアレラチーズと、とろとろオムレツのコラボレーションです。何よりもヘルシーです。

なお売り切れ次第の数量限定につき、宜しくお願い致します。。

 

「3つのオレンジへの恋」では、今日も「美味しい おいしい」の声と、「新鮮な笑顔」がたくさん「採れ」ました。

今年の夏も、楽しい思い出をいっぱい作ってください。

 

 


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