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2015-09-14 19:18:00

家のなかを整理していると、一枚の油絵が出てきました。

 

高校美術部の夏休み合宿で、菅平高原に行った際に描いたものです。

まだスキーをしたことのなかった私には、初めて目にした、リフトを支えて連なる赤い鉄骨が、両腕を広げた怪獣のように見えました。

赤い屋根に白い壁のロッジに向かって下ってゆくゲレンデは、眩しいくらいの緑一色。 

遥か遠くには青い山並みを望む・・・そんな景色を描いたものでした。

 

実家のどこかにあるとは思っていたその絵は、長らく放置したままだったが、両親が大切に保管してくれていたのか、保存状態は極めて良好でした。

 

高三のあの夏が、若い日の思いが蘇ってきました。

 

父が亡くなって実家を売却した際に、処分を免れた大量の家財一式は引き取ったまま手つかずでしたが、この度あった、住まいのマンション改修工事の際の「苦役」の見返りに、予期せぬ再会ができたのでした。

 

父の影響を受けて、私は小中高と美術部に所属しましたが、まったくの自己流我流で、正直なところ、油絵の具はどのように配色して、どう塗り付ければよいのかすらわかりません。感性、直感の赴くままでした。

 

それでも、マーラーの「巨人」やベートーベンの一・二番のように、まだ深い苦悩もなく、若さに溢れたその絵からは「さすらう若人の歌」が聞こえてくるようで、懐かしさに、66歳になった私の心は激しく揺さぶられました。

 

結局、油絵は中学で一枚・・・写真を見て描いた湖沼の夜明けで、褒めてくれた先生もいました。高校では夏休み合宿の三枚しか描かなかったと思いますが、習作のようなほかの絵は次に使おうと、白くぬりつぶしてしまったようで、残っているのはこの一点だけだったように思います。

それだけに、なお一層感慨深いものがありました。それは昔の写真や文章を目にするのとはまた違ったものでした。

 

最近は、「エクステンション」の生徒さんの作品展を拝見して、いたく感心していましたが、絵画の手法を習っている生徒さんの目から見て、たとえ稚拙であろうとも、強く惹きつけらるのでした。

我が青春の忘れ形見・・・文字通りの自画自賛です。

 

二人でボートに乗った高校1年の精進湖、2年は尾瀬沼・・・。

真夏の強い日差しの中、草いきれのする菅平高原で、ひとりわたしは、美大に進んだたおやかだった女子と、来年はもう同じ部で一緒にいることはないのだという寂しさを味わっていた・・・。

 

小学校でも中学でも・・・いつも卒業という行事、儀式の度にやってきた別離。

(もう卒業なんかしたくない!)

 

私が結婚式を控えていたある日のこと、婚約者といた私は、百貨店のとある売り場でまったく偶然に、お姉さんらしい方と一緒の彼女に出逢ったが、どうしてよいのかわからないまま、言葉を交わすこともできなかった・・・。

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「3つのオレンジへの恋」は、いよいよ 8月16日(水)より再開 します。

 

(後記)

    店内に飾ってある、早稲田大学風景は、中 喜一さんの作品です。

    また、カウンター席の可愛らしい絵は、若い、あかがわ なおさんの作品です。

    どちらも早稲田OB(G)で、このお店を大変気に入ってくださり特別に飾らせて

    いただいているものです。

    

    ときどき、私が描いたのですかと聞かれます。 

    私は、うら若い頃、ごく自然に絵に集中することができましたが、大学時代も、

    そして卒業して会社員になり、退職して、開業してから今日に至るまで、まったく

    絵筆をとったことはありません。

    心がまっさらなキャンバスのようで、精神的にゆとりがなければ、描けないことに

    気がつきました。