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2015-08-04 16:10:00

ことしのオープンキャンパスは連日の猛暑の中でした。

「3つのオレンジへの恋」にも大勢お出でいただきまして、ありがとうございました。

 

これまでオープンキャンパスでは、一期一会ともいうべき思わぬ出会いがありましたが、今年もまた・・・。

 

1日目に来店した際に忘れ物をされた、まだお若いお母さんが、翌日またお見えになりました。

前日も少しお話しさせていただきましたが、礼儀正しい、とても感じのよいお母さんとお嬢さんでした。

 

そのご家族は、世田谷のある町にお住まいでした。私が赤ん坊の時代から幼児期にかけて住んでいた官舎の近くで、そのお母さんもその場所をよくご存知でした。

 

しかし私にとって、記憶が形成される前の官舎の思い出は霧の向こうの景色のようで、建物の様子や隣近所にだれがいたのか、ほんのところどころしか覚えていません。

住人たちは、みなとても仲が良かったことだけははっきり覚えており、ほかに小さな子どもがいなかったその官舎では、私たち姉弟はきっと一杯可愛がってもらったことでしょう。

 

近くにあった大きな公苑とともに、その町は、懐かしいという感情以前の、原始の記億の始まりの町でした。

 

先日、家の片づけをしていると、 偶々、その官舎の見取図が出てきました。

各戸毎に名前が記されていて、建物の配置もわかりました。

もう60年以上前の、わら半紙の小さな印刷物ですが保存状態はよく、軍属として赴任していたインドネシアから復員した父にとって、その官舎は、後に引っ越した、やはり世田谷区内の官舎とともに、大切な思い出の場所だったに違いありません。

 

やがて社会人になった私は、たまたま仕事で近くに立ち寄った際に、合間にそこを訪ねてみました。当然古びた木造の建物ではなく、官舎は中層の集合住宅になっていました。ほとんど記憶にはないが、付近の町並みも大きく変わっていて、当時の面影がまったく残されていないことは明らかでした。それでも幼い日にはここで暮らしていた、人生のスタートの地だと思うと、感慨深いものがありました。

 

心の疼く霧の町からやってきた母娘と、突然目の前に現れた、欠落していた記憶を補う古い見取り図・・・。

暑い今年の夏、期せずして私の原始の記憶に連なる出来事が続きましたが、そのお母さんの話しでは、私たち家族が住んでいた官舎街の一帯は売却されて、まったく新たな施設の用地になるようです・・・。

 

もしも、その方が忘れ物をしなければ、その方のご住所を知ることも、ましてや思い出の地の最新情報を知らせていただくこともなく、「小さな奇跡」は見取り図発見のひとつだけで終わったことでしょう。

 

思い出の官舎は、束の間姿を現し、いよいよ霧のなかに消えてゆきます。

 

貴重な出会いとなったこの母娘、ご家族にとって、来年がよい年になることを願っています。

 

 (8月3日 の火曜日は おやすみさせていただきました)