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2015-07-30 12:55:00

大隈重信候は文字を書かなかったといいます。

何故書かないかというと、幕末、佐賀の藩校(?)時代に、学問の出来に関係なく、書の上手なものが成績がよいとされ、これに立腹し反発したそうで、例外を除けば生涯、書を書くことはなかったといい、候に関する書はすべて口述されたものなのです。

 

また、候は、江戸幕府が欧米列強から武力で開国を迫られ、国難を迎えていた時期に、旧態依然の論語や「葉隠れ」学習に終始していた一派に異を唱え、これからの日本は蘭学や欧米の言語、学問を学ぶ必要があると説いたそうです。

 

早稲田大学建学の父のたしかな先見性と意志の強さは、とても凡夫の足元に及ぶところではありません。

 

私の少年時代、父は私に、写真に写るときには必ず口を大きく結べと言っていました。

口の大きさは、意志の強さをあらわすからだと。

 

大隈重信候の写真や銅像の口は大きい。

真一文字に、ときにはへの字で。

軟弱な私は、いつも小さな口のままだった。

 

8月1日(土)と2日(日)のオープンキャンパスは、連日の酷暑が少しはおさまるといいですね。

大変な混雑が予想されますので、お席の譲り合いをお願いするときには、何分よろしくお願い申し上げます。