インフォメーション

2014-07-22 18:24:00

かねてより大隈講堂を眺めたり、その前に建つとき、「ある感覚」が生じていました。

たとえば東大ほかの大学の講堂や、一般の建造物とは、デザインだけではない何かが違う・・・・。

 

デザインも外壁の色合いも美しい、大隈講堂を見る度に感じる何かの気分・・・。

 

その「気分」は、どうやら建物の「角度」,、絶妙のアンルからくるものらしい、ということがわかりました。

 

7月20日の日曜日、大隈講堂で行われた、「歴史的構造物を支援するチャッリティコンサート」第一部の講演のなかで、大隈講堂の建築設計や改修工事にかかわってきた、佐藤総合企画の解説によって。

 

早稲田大学の象徴とも言うべき、大隈重信候の像から眺める大隈講堂は、(角度によって)時計台の文字盤が二つ見える、との指摘でした。

日頃、あるがままに眺めていて、これにはまったく気が付きませんでした。

講堂の景観が単調にならないようにと、当時の設計陣が視覚的効果を計算し尽くした、巧みの技だったのです。

 

そう言われれば、大隈講堂の写真や映像にはいつも「角度」がついていて、どこか味わいがあると思っていましたが、なるほどでした。

私が感じたものは、どうやら「角度」に起因する無意識の「反応」だったのです。

 

一方、この日のチャリティーコンサートをプロデュースされた、ブランデンブルグ国立管弦楽団フランクフルト主席客演指揮者の浮ケ谷孝夫さんによると、大隈講堂の音響効果は とても優れているとのことでした。

音楽専門のコンサートホールでも、無音の時にはエアコンの低い音が聞こえるが、大隈講堂ではそれがないと。

 

たしかに、以前ここで聴いた、アメリカからやってきた一流の奏者による「サマータイム」など、ジャズ音楽が静かに流れたとき、満員の聴衆が息を殺して聴き入るなか、客席が全くの「無音」だった理由もこれだったのです。

 

チャッリティコンサートの夕、外は激しい雨と雷鳴がとどろきましたが、会場内は管楽器奏者の音以外は聞こえず、名奏者たちの演奏に、あらためて聴き入ることができました。

 

 その二日前、18日の金曜日には、大隈講堂で、松本幸四郎さんの早稲田大学芸術文化功労者顕彰記念の講演会がありました。

歌舞伎界のスーパースターは、1961年に文学部に入学(65年中途退学 76年推薦校友)だそうですが、ミュージカル「ラ・マンチャの男」をはじめ、現代演劇でも並ぶ者のない名演を披露してきました。

 

この日は、日本人として、ブロードウェイで初めて「ラ・マンチャの男」を英語で、また48歳の時にはロンドンで「王様と私」を英語で演じたことなど、多岐にわたる演劇活動の逸話を話されました。

 

そしてスクリーンに映された思い出の映像について語り、配布された印刷物にあったミュージカル、演劇や映画のせりふを朗読しました。深みのある表現力には凄い!!としか言いようがありません。

 

最後には「ラ・マンチャ」から「見果てぬ夢」をアカペラで歌うという、豪華版の内容でした。

 

仮りに、歌舞伎界の大御所でなかったとしても、「演劇世界」で、はるかな高みにおられ、その芸の奥行きにはただただ敬服するばかりです。

 

父親(八代目幸四郎)や、祖父(七代目幸四郎)の映像を見たり、語るときなど、途中で何度か涙を流されていましrた。冒頭でご本人が言っていたように、松たか子さんの歌う「ありのまま」、幸四郎さんの魅力を伝える、品の良いよい講演会でした。

 

(この日の聞き手は演劇博物館副館長の児玉竜一先生でした)

 

大隈講堂の音響にひたり、名人芸を堪能させていtだくことができました。

偶々、この二つの「公演」を楽しめたことは幸いでした。

 

いまから87年も前の昭和2年に開館した、大隈講堂は細部に至るまで、あらためて歴史的名建築であると感心いたしました。