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2013-07-06 12:27:00

ブログに高校時代のことを「小説」風に描いていたときに、

私自身が楽しみにしている、ある高校OBの集いが今年も開かれました。

 

倫理社会のY先生を囲む、宮城県の元宮城野高校生の集いです。

 

クラス会でも学校全体の同窓会でもなく、倫理社会の授業を担当されたY先生を慕って、

年次を超えて集まる、先生と生徒たちの素晴らしい集結です。

 

毎年、先生を囲んで全員が近況を披露し 、語り合う様子は見る者にも心地よく、

最近ではなかなかほかに例をみない、麗しい子弟の関係です。

 

みなさんが語る言葉は私にはほとんど聞き取れませんが、大震災や津波の傷を語られる

言葉は重く、元生徒たちも社会人となって、それぞれの人生を体感しているようです。

 

私もクラス会では、お互いにひとことずつ近況を語る場が、それぞれの人間性が出て

好きですが、先生が出席されて引き締まった座というのは、そうそうあるものではあり

ません。

 

気心知れたクラスの会でもなく、必ずしも知ったひと同士で集まれる同窓会でも

ないのに、なぜ、年次を超えてこんな集いがもてるのか。

 

ひとえに、Y先生のお人柄、人間力だと思っていますが、今年ひとつの手掛かりを

先生からいただきました。

 

「創立60周年記念宮城教弘講座 哲学の贈りもの」、 とサブタイトルのついた

 「教育論集」 第一集 のなかで、「いま高校生が考えていること ~ 『テオ

ーリア』から見えるもの」という、Y先生の長文の論文集です。

 

今年は、この論文集を読ませていただき、現在は宮城県泉高校の教諭をされている、

Y先生のこの会の素晴らしさの原点を見つけてみたいと思っています。

 

私のブログに書きましたが、高校時代は人生における「最後の純情時代」ではないかと、

あらためて思っています。

 

高校を卒業して、大人の世界に向き合い成長してゆくのと引き換えに、少しずつ

純情さが失われていったような気がします。

 

今年も純情時代の高校生にとって大切な、オープンキャンパスのシーズンが

やってきます。