インフォメーション

2013-06-15 19:10:00

早稲田大学のおとなりにある名門女子大、日本女子大学。

今も昔も両校は仲がよい。

おとなり同士が必ずしも関係が良いとは言えない国際情勢を思うと、大変よいことです。

 

私が、法学部の二年生か三年生のときに、えらくオッサン風の容貌にもかかわらず、合コンや合ハイの手配が得意な同級生がいて、私も一度だけ、金城庵で開かれた日本女子大生との合コンに出たことがあります。

 

しかし、「ロマンスより団子」で、飲みすぎて酔いつぶれてしまった・・・青春の一日。

それからは合コンを潔しとせず、以後合コン、合ハイに出るのをやめました。ある人を想ったからかもしれません。

 

早慶戦のときに、何も云わなかったのに、おいしいお弁当を作ってきてくれ感激させてくれたひとは日本女子大のひとでした。

優雅で美しかったそのひとは、今はきっと幸せな家庭を築いていることだろうとおもいます。

また青春のあの日に戻りたいものです。

 

会社に入社して4~5年目、お隣の課に、日本女子大卒のお嬢さんが入ってきた。

大らかで性格のよい彼女はABBAの大ファンでした。

当時、国内も海外も、ポップスにあまり興味がなかった私は、ずいぶんあとになってからABBAの大ファンとなり、CDからDVDまで何種類もそろえて「追体験」している。

 

 

大学同級生の妹が日本女子大に入り、ご両親が転勤中で不在なことから、当時彼らの家によく集まって、彼女も我々の同級生のように付き合ったものでした。

 

彼女はわれらの同級生の一人と結婚、平穏に暮らしていたことと思いますが、先年、突然の病魔に見舞われ亡くなられてしまいました。

以前、テレビ番組の「人生の楽園」で「3つのオレンジへの恋」をとりあげていただいたとき、「とても感動しました」と、心のこもったお便りをいただいた方でした。

 

その後、何度も店に立ち寄られた際に見せた、嬉しそうなお顔。

亡くなる2年ほど前だったろうか、行こうかどうしようかと迷っていた、ロシアのマリインスキー劇業来日公演の歌劇「3つのオレンジへの恋」に誘っていただき、上質なひとときを過ごさせていただいた。

 

「3つのオレンジへの恋」を始めたことで、テレビや新聞などに取り上げられた私の事を、彼女は学生時代よりもはるかによく理解してくれたのだろうと思う。

 

多くは必要はないが、数少ない、お互いに信頼できる貴重な異性の友人として、これから長くお付き合いをしようとしていた矢先であったので、残念でなりませんでした。マリインスキーオペラの後、彼女は少し話したかった様子であったが、時間も遅く明日からの仕事のことがあるので、駅頭で別れてしまった・・・それが生前最後の出会いだった。

 

あるときには、日本女子大の大学院生だという、まだうら若く陽気な女性が店に来られ、「おじさんとおばさんの夫婦、凄くいいよ。おじさんはやさしいし、おばさんはハキハキして」と、年下の方から妙なお褒めをしてもらったこともありました。

 

 

新宿区長として大変ご立派な実績をあげられている、中山弘子さんも日本女子大卒。

ここ数年、「区長と語る会」に参加させていただいて、美貌とそのお人柄の素晴らしさに敬服しています。

何とか私の顔を覚えていただけたようです。

 

 

お会いしたことはありませんが、作家、脚本家の平岩弓枝さんも日本女子大出だそうです。

ラジオで語っていたところでは、平岩さんは、小説家になろうと思い立ったときに、由緒ある「代々木八幡宮」の宮司である父親が心配して、知人に頼み込んで有名作家の戸川幸夫氏に教えを乞うことになったそうです。

 

本人ものんびりし、戸川氏も忙しくて面倒を見れなかったため、戸川氏は当時の超大物作家の長谷川伸氏を紹介、その勉強会に顔を出すと、居並ぶのは村上元三、山岡宗八、池波正太郎ら錚々たる顔ぶれだったそうだ。

ああ、羨ましい限り。

 

平岩さんは、一時、演劇方面に進もうと思い、付属の女子高校でいっしよに演劇活動をした友人に相談したところ、あなたは美人ではないのだからやめなさいと忠告してくれたそうです。

 

演劇方面に進んでも、きっと個性的な女優になられたのではないかとは思いますが、以後作家、脚本家として数々の名作が生まれることに。

 

いつも思うのですが、運命というのはまことに不思議なものです。