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2012-11-21 17:18:00

 

大隈講堂前の大銀杏は、ここ数日の寒気で急速に黄葉が進みました。

 

11月23日(金) は祝日ですので お休み です。

翌 24日(土)は 営業 いたします。

 

秋から冬へ。

オムライスもいっそう美味しさをましてゆきます。

 

 

大学のイベント「大隈重信と小野梓 建学の礎展」が終了しました。

私は、終了真近かのひととき、慌てて駆け足で見学してきました。

 

「3つのオレンジへの恋」の目の前に小野梓記念講堂ができたことで、私は遅ればせ

ながら大学刊行の「早稲田大学八十年史」をひもとき、建学の母 小野梓のことを

学んだのでした。

 

反動的な、ときの政府の下で近代の自由な思想に基づく学校をつくることが、当時いかに

困難であったことか。

小野梓の明晰な頭脳、思考力、知識の深さ、おそるべき活動量の多さ、人物の偉大さ。

齢60を過ぎた凡人は初めて知りました。

 

多くの有能な人材をひきつけた大隈重信候も、もし小野梓と出会うことがなければ、

東京専門学校の開校はもっと大幅に遅れたことでしょう。

ほかに誰が短期間で、これほど見事に成し遂げることができただろうか。

 

改進党の結成、東京専門学校の創設、言論出版活動などこれまで日本が体験したことのない

未知の分野で、晩年は病魔に冒されながら、小野は多彩な活動を繰り広げました。

 

私の中学のときの日本史教科書では、小野梓は明治時代の代表的な思想家、政治家として

記載されていました。

しかし、あまりにも有名な大隈や福沢諭吉、新島襄らに対して、小野梓という今様のひとの

ような名前はスラリとしてインパクトがなく、「国権汎論」という大作名著も、平易な題名の

「学問のススメ」に比べると、ものものしくて私には馴染みにくかった。

 

だが、「八十年史」や「大隈候は語る」などで小野梓のことを知るほどに、その立派さ、偉大さに

驚愕し、深く感動しました。

 

わずか33歳10ヶ月という短い人生で、大きな足跡を残し、文字通り全力疾走で

駆け抜けた小野梓の筆跡書体は知性を感じさせ、味わいのあるものでした。

西洋に負けまいとの気概を表す「東洋」という揮毫、そして、あの「国権汎論」の

自署による題名を目にしたとき、涙があふれました。

 

もう一度ゆっくりと見たかったが、今回少しでも接することができ、よかった思いました。