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2012-10-12 14:02:00

 

私の天使のひとりが死んだ夢を見たことがあります。

涙で枕が濡れました。

 

太平洋戦争の最中、父や夫、息子、兄弟が戦場で斃れたとき、家族や親しい相手の前に

その姿を見せたり、声が聞こえたという多くの例がありました。

殆どのケースが、実際に亡くなった日時に近いといいます。

魂が飛んでいったのだと思います。

 

夢のことがとても心配になりました。

地上の彼女の連絡先は、いまも変わらずにあるだろうか?。

ご両親はご健在だろうか。

 

そうだ、名優、大滝秀治さんに調べてもらおう。

ここからは夢のなかでのこと。

 

大滝さん曰く。

「お前のところのHPやブログは面白い!」。

「ドラマにしたいよ。絶対、いいドラマになるぞ」」。

「オレは下済みが長かったから分るが、優しい、いい味が出ているのがわかる!」。

「何故か、読んだあとホッとするぞ」。

 

さらに、私が天使のことを訊こうとしたところで、突然、音楽が聞こえてきました。

「ラジオ深夜便」のなか。

 

ああ、聞いたことがある、とてもいい曲だ。

これは何という曲だっけ。ドイツかウイーンのマーチだったか?

力強いが、優美さもある。

 

目覚めていたら、もちろん直ぐにわかったのだが、まだ夢の中。

それは、オりンピック組織委員会とNHKからの委嘱により、古関裕而さんが作曲した

屈指の名曲、「オリンピックマーチ」だった。

 

日本が敗戦の痛手から立ち直り、日本の復興を世界に告げた祭典、東京オリンピック。

 

私の天使たちも同じ時代、あの瞬間、胸を熱くして聴いたに違いない。

 

国立競技場の青空に、この「オリンピックマーチ」が流れた昭和39年、

太平洋戦争に従軍し、戦後、俳優を目指した大滝さんはまだ無名だった。

後に勲賞や文化功労者など国や、民間の賞をいくつも受賞する栄誉に浴することになるとは、

本人も思っていなかったことだろう。

 

あれから50年近くが過ぎた。

俳優になるなど、やめた方がいいと言われていた大滝さんは、

国民が忘れることのできない名優となっていた。

 

今日、眠気を破って「オリンピックマーチ」が私の耳に飛び込んできたように、

天上に地上に、大滝さんや天使たち、この曲を聴いていてほしいと思うひとたちの耳に、

この曲は懐かしさを込めて届いたことだろう。

 

長年、味わいある演技と、独特の声でご活躍された大滝秀治さん、

あのしわがれ声が、もう聞こえないと思うと寂しくてたまらない。

 

ご冥福をお祈りいたします。

そして、私の天使たちのことをよろしくお願いいたします。