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2012-08-16 12:31:00

少女は「オリンピック賛歌」が好きだった。

実際、昭和39年の東京オリンピック開会式に於いて、日本語で歌われた大合唱は

国立競技場の青空に響き渡り、その美しさ気高さは古今の大作曲家の名曲にひけをとらず、

聞く人の心を魅了した。

 

少女は小学校で童謡や唱歌を習うと、家で少年に歌って聞かせてあげた。

少年は小学校がとても素晴らしいところに思えた。

早く自分も学校に行きたいと思った。

少女が学校に行っている間、少年の友達はラジオだった。

 

「歌のおばさん」では、歌手の安西愛子と松田トシが有名な童謡や唱歌以外に、

白ヤギさんと黒ヤギさんの手紙をめぐる歌や、電車のつり革の歌といった教科書にはない

楽しい歌を紹介してくれた。

 

少女が麻疹で顔を赤くして寝込んだとき、少女の枕元で心配する少年の耳に

ラジオから歌が聞こえた。

たぬきの坊やのおなかにしもやけができたり、キリンのおばさんがのどにシップをしている

のを、「わらいかわせみに話すなよ」という歌だった。

 

とてもほほえましい、楽しい歌なのだが、そのときは心配と寂しさで

「けらら けらら けけらけら」という気分ではなかった。

今でも、サトー ハチロー作詩のこの歌は大好きだが、もう滅多に電波に乗ることはない

この曲がラジオから流れると、あのときの寒い冬の日の不安な気持ちが蘇る。

 

ようやく少女が快復すると、今度は少年が赤い顔で寝込んでしまい、少女が心配気に覗きこんだ。

 

少女の小学校夏休みの宿題に、朝顔など草花の植物が何科に属するかという問題があった。

少女は自信をもって答えを書き夏休み明けに提出したが、いつも「大変よくできました」

で返ってくる解答用紙には全部バツがついていた。

たとえば植物の「ナス科」と書くところを、少女は全部「理科」と書いていたのだった。

それを見て母も私も大笑いし、少女も照れくさそうに笑った。

 

少年は小学校に行くようになっても、少女やその友達と一緒に遊んでいた。

ときにはケンカもしたが、原因は少しずつ生意気になってゆく少年にあった。

 

小学校の高学年になると、それまで少年と同じようだった少女の身体に、

少しずつ女性らしい兆しが見られるようになってきた。

 

その頃から少女は、いつも少年と一緒に見た映画を、友達の少女と見に行くようになった。

洋画「エデンの東」や吉永小百合さんの「泥だらけの純情」という映画は、

まだ少年の興味をひくものではなかった。

 

少年にとって、やさしく可愛らしい少女との幸せだった日々は終わろうとし、

あれほど自分を可愛がってくれていた少女が、少し遠い世界へ行ってしまったと感じた。

そして少年の方でも、遊び相手は少女たちから男の同級生へと変っていったのだった。

 

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