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2012-06-16 14:00:00

 

山口百恵さんを始めとして、多くのスター歌手の産みの親である、

元ソニーレコードの敏腕大物プロデューサーだった酒井政利さんが言っていた。

 

デビューする前、テレビ局側から百恵さんに是非会ってみてほしいと言われて、

控え室のいすに座っている百恵さんを、酒井さんは初めて目にしたそうです。

そのときの百恵さんにはまだ特別な存在感はなく、口数も少なかったが、

ただ、自分が母親や家族を支えるのだという、強い決意が伺えたとのことでした。

 

しかし、同期の森昌子さんや桜田淳子さんのようには、個性がハッキリしている

わけでなく、どんな方向で行けばよいのか、酒井さんはなかなか答えが出せずにいた。

だが、酒井さんは百恵さんの顔や表情を見ているうちに、この子を何とかしてあげたいという、

強い思いにとらわれたというのです。

それで酒井さんの気持ちが固まったのでした。

 

百恵さんの「存在感」については、私が商社マン時代に通っていた六本木の

レストランパブのママさんから聞いたことがあります。

すでにスター歌手だった百恵さんが、スタッフらと一緒に見えたが、

店内では特別目立つこともなく、気が付かないくらいひっそりとされていたそうです。

 

家族への強い愛と、周りのひとにこのひとのために何とかしてあげたい、と思わせる力。

 

山口百恵さんという、不世出の大スターと比べるつもりは毛頭ありませんが、

私が「3つのオレンジへの恋」を立ち上げる前に、多くの人と出会い、有形、無形の力を

貸していただくことができました。

 

創業やパソコンのセミナーで出会った受講生の仲間たちや先生方、レストラン開業書の著者、

コンサルタントや出版関係の方々、フードコーディネート・スクールの先生方、

そして早稲田の教授や商店会の役員の方々等々。

我ながら実に多くのひとと出会い、交流してきたものだと、今は思います。

会社の肩書きがなければ、ただのオジさんに過ぎない私を、何とか助けてあげよう

という力が少しは働いたのでしょうか。

 

それらの人達は組織を離れて「孤独」だった私を、どんなに勇気付けてくれたことか。

それは、かつて私が所属した商社の世界とは全く異質な、優しい世界でした。

駆け引きも腹の探り合いも必要ありませんでした。

 

以前参加した、創業セミナーでは、ギブアンドテイクの精神が必要だ、

テイクは考えずともかくギブだ、といわれました。

実際にそうであるとは思うが、さらに言えば百恵さんのようにこのひとを何とかしてあげよう、

という気にさせる何かは必要だと思います。

それはひたむきで、一生懸命に生きようとする姿勢であるかもしれません。

 

私は、不器用で、気の利いた愛想のひとつも言えず、軽く人見知りしながらも、

自然にいろいろなひととの出会いができ、コミュニケーションがとれてきたのは、

幼い頃からおねェまといっしょになって、

毎日、おねえまの素敵な友達、その多くは女の子だった、に出会えて、

仲良くできていたからではないかと思っています。

人懐こいおねぇまは、良いひととの出会いは楽しいと教えてくれたのです。