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2012-06-12 00:00:00

 

「苦しくなったら、楽しかったこどものときのことを思い出してね」。

それが精一杯でした。

重篤な病に見舞われ病床に伏す大切なひとに、私がやっと言えた言葉。

 

そのひとがいなくなった今でも、その言葉を想起すれば、二人が幼く若かった幸福な日々に誘われ、思い出はつかの間、私を優しく慰めてくれるのです。

しかし、すぐに、楽しかったその思い出を話し合う相手はもういないのだという、恐ろしいほどの寂しさ、現実に引きもどされ、あらためて、深い悲しみにくれるのでした。

 

私は、自分の記憶をおぼろげに辿れるのは 幼稚園に入る1年前くらい前、4歳くらいからではないかと、これまでずっと思っていました。

 

しかし、「原始の記憶」の“記憶”を呼び戻すと、赤ん坊で寝たままで動けないでいたころ、まだ目は見えないが、自分の回りで人の笑い声や話し声が聞こえていたように思いました、賑やかな女性の声のようでした。

 

母はもの静かな性格なので、とくに賑やかに聞こえ4たのは父の妹の、二人の叔母たちであったろうと思います。

声の中には、私にはほとんど記憶がないままに終わった父の母親、おばあさんもいたことでしょう。

 

赤ん坊の私は、まだおとなもこどもも、男も女も区別がつきませんが、目覚めるといつもそばにいて、いろいろと話しかけ、そして、時々いなくなるひとがいました。

そのひとは遊びにいったり、ご飯を食べたり、こどもながらにいろいろと「用事」もあったのでしょう。そのひとがいてくれると嬉しい、いなくなると寂しい思いがしました。

 

やがて、そのひとが目の前に現れるのが朝だったと、思うようになりました。

朝の光が明るく部屋に差し込んでいるので、「時間」が分ったのではないかと思います。

また「一日」いっしょにいられる。

 

少しずつ視界が開けてきた私は、目の前に小さな女の子を認識しました。

おかっぱ頭で可愛いくて、全身から優しさと善意があふれ出ていました。

 

時間が経過して、何時の間にか歩きまわれるようになった私は、その女の子と一日中いっしょでした。

毎日が愛と希望と喜びに満ちていました。

 

 

(お詫び)

昨日は都合により臨時でお休みをさせていただきました。

足をお運びいただき、入れなかった方にはお詫び申しあげます。