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2012-05-04 13:48:00

会社を離れようと心に決めた当時、世の中は大きな銀行や証券会社が消えてゆくなか、

個人の創業、起業という機運がありました。

 

しかし、手がかりも当ても全くなかった私は、まずは勉強してみようと、新聞広告に

掲載されていた創業起業セミナーの広告を見ては積極的に参加しました。

そこで多くの講師と、受講者に出会うことができました。

 

講師は税理士や中小企業診断士でサラリーマン経験の方が多く、

人間味にあふれ、独立の厳しさを教えられながらも、勇気付けられました。

オーナー経営者が講師であることもあり、生の経験を伺えるので貴重です。

 

あるセミナーでのことでした。

有名コーヒチェーン店T社の創業社長の話を聞く機会がありました。

 

私よりも若いその社長は、アメリカに滞在中にそのコーヒーチェーン店の味にほれ込み、

日本で総代理店となる契約を取付け、いよいよ1号店の開店が迫ってきました。

当初、1号店はたしか六本木のある場所に決まっていたそうです。

しかし、大事な1号店としては、いまひとつ納得がいかないところに、銀座の候補物件が入って

きました。

 

銀座三越に近いその物件を、社長は一目見て気に入り、すでに契約して手付けも打って

いた六本木の物件を損失覚悟で解約しました。

 

そして、全力をあげて、新物件の所有者と交渉を開始しました。

新物件は、個人のオーナーが経営する古くからの喫茶店です。

しかし、何度足を運び、頭を下げても年配のそのオーナーは頑として譲らず、

今日だめならばもうあきらめようとしたある冬の日のこと。

道路を挟んだ向かいにある喫茶店の窓から物件を眺めていると、

白い雪が降ってきたそうです。

 

社長はこれは吉兆だと、最後の覚悟で交渉に臨み、漸くのことで

オーナーの了解を取り付けることができたと、感慨に耽りながら話していました。

この逸話は、明らかにその日の話しのヤマだったことが、口調から伺えました。

 

私は、聞いていて、途中、何度もこの社長に聞いて確かめたいという

強い思いに駆られました。

身震いしました。

銀座三越、三原橋に近い喫茶店の老オーナー、降りしきる雪。

 

あまりにも私の体験に酷似している!。

 

セミナーが終わったあと、私はその社長を待ち構えて尋ねました。

やはりそうでした。

 

その喫茶店の老オーナーは、もう30年以上前、私が総合商社の不動産関連の営業部門に

いた際に、皇居近くにあったご自宅を売却斡旋させていただいた方だったのです。

 

そのときの難攻不落ぶりもまったく一緒でした。

不動産業界では「有名物件」という言葉があります。

誰でもがその物件の価値を認めるが故に、業者が所有者に無断で

勝手に売りに出し、ときには業者が買い手を勝手につけて、

所有者を訪ねますが、もちろん門前払いです。

それでも、懲りもせずに繰り返され、やがて見向きもされなくなります。

幽霊のように現れては消えてゆきます。

 

私が斡旋したのはまさにその有名物件でした。

当時、管理部門から、営業部門に移った私は30歳台でまだ若く、怖いもの知らず。

誠意をもって当たれば道は開けるとばかりに、ぶつかってゆきました。

 

何度も何度もぶつかっては、跳ね返されました.

 

ご自宅と、銀座のその喫茶店に何度も何度も通いつづけ、

ついにはご自宅の中に入れていただけるまでになりました。

やがて、ご自宅の売却斡旋の専任契約締結に至り、

銀行がバックアップするしっかりとした買い手もつき、

無事取引を終えることができました。

 

「有名物件」は「幽霊物件」でもあり、実在しない当てにはならないものです。

私は口下手で不器用だが、努力と誠意の持ち味を生かして蘇らせました。

営業転身間もない頃の成果で、誠意岩をも貫く、そんな思いでした。

 

 「あなたにお任せします。よろしくお願いします」。

私が、喫茶店の老オーナーの了解を頂いた冬も、不思議に雪の多い年でした。