インフォメーション

2012-06-06 00:00:00

 

「もう、見ていられない。私の知り合いに応援頼んであげるから」。

その女性はさらに言いました。

「いつギブアップするのかと見ていたんだけれど、やっとしましたね」。

 

目標であった4月1日の開店予定日は何度も先に延ばさざるを得ず、開店の目途もたたない

ときにこう言ってくれた女性がいました。今回の件で初めて知り合った設計士でした。

 

飲食店の開業という、それまでに関わったことは勿論、聞いたことも見たこともない事態を

迎えて、押しつぶされそうな重圧に途方に暮れていた私は、気持ちが少し軽くなりました。

私はもうとっくにギブアップ、ダウン寸前だったのだが、彼女にはそう見えなかったようでした。

開店予定日の延期をこれ以上繰り返すと、何か問題があると思われて

店の信用上よくないと言ってくれたのも彼女でした。

しかし、どこの誰に何をどう相談したらよいのかもわからない。

 

そんな私に、恰好の人物を紹介してくれることになりました。

 自らもレストランを経営している男性と、ベテランのコックさんでした。

「最後の開店予定日」と決めた2002年4月8日直前のある日、

忙しいその二人が、合間を縫って夜も遅い10時すぎに駆けつけてくれたのです。

もう何日、いや一か月以上続いた疲労と睡眠不足で、緊張しきっていた全身の力が

抜けてゆきました。

その女性が設計した、木の香りが真新しいフロアを、電球の照明が柔らかに照らす。

二人の男は私から事情を聞くと、テキパキとやるべきことを判断してきめてゆきます。

まるで二人が宗教画の中の使徒のように見えました。

 

私は当事者であるのに、これは誰かが作ったドラマではないのか、自分は観客として

この出来の悪いドラマのワンシーンを見ているのだという思いがしました。

私は流れる涙のなか、こころの中で手を合わせて二人を拝みました。

 

今から40年近く前、大学4年の冬の夜遅く。

小田急沿線郊外にある自宅に向かう電車内で、真向かいに座っていた50歳前後と思われる、

紳士というよりも、ふつうのおじさんといったほうがあてはまる風貌の男性が、真っ直ぐに

私を見つめていました。訝っていると、突然立ち上がって私の横に座り、こう言うのです。

「私は占い師です。

今日は名古屋からの仕事の帰りで、たまたま向かいに座ったら、あなたの周りに

霊が見えたのでそれをずっと見ていました」。

いきなりのことでわけが分らなかったが、さすがに不安になって「それはどんな霊ですか、

よい霊ですか」と尋ねました。

占い師が「ご先祖様の霊でしょう、良い霊が一杯見えました。見守ってくれているから大丈夫」と

言ってくれたので安心しました。

守護霊という言葉は聞いたことはありましたが、それまで全く意識したことはなく、

まして自分を護ってくれていたとは知りませんでした。

 

そういえば、幼いころから周りには良いひとばかりがいたと思うのは、気のせいだろうか。

占い師は、全国から依頼が来るほどのひとで、本当なら、見料をもらわないと

今日のようなことはしないのだが、私を見ていて思わず伝えたくなったとのことでした。

私が先に電車を下りるまでの5~6分の間、精一杯言ってもらったアドバイスは

メモをとれなかったのが残念ですが、生涯は安泰で心配いらないという言葉は

支えになりました。

 

実際には社会人になって以降、占い師の言葉を忘れるくらい、ツキのない、運の悪いことは

山ほどありました。

それでも、開店直前の窮地を救ってくれた、未知のひとだった善意あふれる設計士や

助っ人たちは、あの日占い師が言っていた守護霊の力によるものだったのだろうか。

 

そのときのコックさんには手助けしてもらった1ヶ月あまり、相応の日当をお支払いを

させていただいたが、設計士や、レストランの経営者である男性には簡単なお礼を

させていただいただけでした。

 

「可愛くてイイ女」一人と「個性的でカッコいいプロフェッショナル」な二人の男たち。

まるで映画のシーンのように颯爽と登場して、問題を片付けて去ってゆきました。