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2012-01-23 10:56:00

私は、昭和44年に法学部に入学しました。

よくあるケースで、、私も、直後は法律を勉強しようと、創法会に短期間だけ入っていました。

その新歓コンパの席で、クラスは違ったのですが、気さくなY君と知り合い意気投合しました。

 

卒業後は交流がありませんでしたが、数年前、「覚えてるかい」とヒョッコリお店にやってきました。

「覚えてる、覚えてる」、すぐに分りました。

気さくな彼は、同級生よりも記憶に残っていたのでした。

 

彼は、一度会社に勤めた後、今は、長野県松本の大学で教職に就いていました。

以前、「早稲田学報」に投稿させていただいた拙文を読んで、私のことを知ったそうです。

 

先週、その彼が久々に顔を見せてくれました。

そのとき、「いわれのない誤解」があったことが判明しました。

 

私は、フランス語クラスで、彼はドイツ語クラスでした。

彼は、どんな経緯であったのか、私が入試の外国語をフランス語で受けたと思っており、

フランス語だと、英語よりも難易度が低いので(真偽のほどは不明)、

「ズルをして入った」と思っていたそうです。

 

彼は、「当然」英語による入試で、二浪して苦労の末受かったということで、

私への親しみとは別に、妙な「思い込み」、「誤解」を、長く引きずっていたのでした。

私だって一浪だし、英語で受けたのだからと、思いもしなかったことを力説して、

漸く、Y君が長い間抱いていた疑惑を取り払うことができ、めでたしでした。

もし、彼との再会がなければ、私は一生いわれのない「濡れ衣」だったのですから。

ひとは、いわれのない誤解を受けるのは避けられないものかもしれません。

 

そのY君から、休みのときに、長野に来ないかとお誘いをもらいました。

私の同級生に須坂出身のN君がいて、1年のときから、夏の志賀高原や、

冬のスキーを楽しませてもらった思い出があり、

長野は青春の思い出の県です。

 

北杜夫や新田次郎の小説にもよく描かれていた。

また行きたいなあ、信州。