インフォメーション

2018-04-18 17:15:00

「久米宏さんは30年にひとりの逸材である」

社内でこう評されていたと、TBSの後輩で現フリーアナウンサーの生島ヒロシさんが語っていました。

久米さんは、私の出身校 都立大学付属高校の5期先輩にあたります。

 

私が社会人になってから、久米さんのテレビトーク番組にクラス(都高18期C組)の担任であった黒羽清隆先生がゲスト出演され、夜の放送時間までに何とか帰宅できました。

黒羽先生は静岡大学の教授になっておられて、歴史マンガを大学の教材に使用して話題になっていたのです。画の細部にいたるまで時代考証がなされ監修されたマンガは、情報量が豊かなりっぱな教材なのであると語る先生の持論を、久米さんは愉快そうに聞いておられました。

 

私が通った小学校と中学校はどちらも丘の上にありましたが、「都高・都立大付属」もそうでした。

高架上にある東横線の都立大学駅を降りると、高校まではバス通りの長い坂みちが待っていました。

 

小学校と中学につながる坂は、どちらもこじんまりとした坂でしたが、高校に至る「八雲が丘」の上り坂は、ノンビリ屋で遅刻することが多かった私には、悪意を感じるほどつらくて長い坂みちでした。

教科書がいっぱい詰まった重いカバンを投げ捨てたらもっと早く走ってゆける、途方もなく広い校庭の南端にある土手と塀をよじ登ればショートカットできる・・・何度誘惑にかられたことだろう・・・漸くの思いで大学正門に辿りついても、駅から一番遠いところに建つ高校の校舎は、広いグラウンドの向こうに遥かに霞んでいるのです。

 

それでも、クラスや美術研究部の親しい友や女子と会話をしながらの帰り道には、この「絶望の坂」は、ほどよい長さの下りの小道となって・・・もっともっと長くてもいい・・・朝とはまったく別のやさしい顔を見せるのでした。

 

先日、高校の1年先輩の女子 荻村さん(仮名)が「3つのオレンジへの恋」に再びやってきてくれました。

 

「道産子です!」

愛らしいその先輩は、私が1年ときに都高の美術研究部の部室にやってきたのです。新しい部員の登場に、そこにいた誰もが「可愛い!」と思い、嬉しくなったはずです。

 

私は「どさんこ」という言葉にはまだ馴染みがなかったので、「ドサン!」という、ちょっと乱暴に思える言葉と、可憐であった荻村さんのイメージが結びつかないという、まとはずれな感想を抱いたことをいまでも覚えています。

 

美術部のほかの2年生の女子は、明らかに私たち同期の男子・女子とは違う、一種貫録があったものですが、荻村さんはまるで同期のように親しみやすく、初々しい方でした。

私は一浪のあと、1年遅れで荻村さん(教育学部)と同じ早稲田大学(法学部)に進みました。

 

━━おととしの早稲田大学ホームカミングデーの日、荻村さんは「3つのオレンジへの恋」にやってきてくれたのです。

学生時代以来の何十年ぶりかの再会でしたが、お人柄そのままの荻村さんでした。

混雑する日のことで、ゆっくりお話もできませんでしたが、それ以上もう何も望めません。

あの荻村さんが訪ねて来てくれた!

 

そして先日、土曜日の午後に突然ふたたび。

店を閉めることを知って、映画をごらんになったあとに、わざわざ立ち寄ってくれたのでした。

 

私は息子の住宅ローンの手続きで銀行に行く時間が迫っており、これから「トトロの森」まで帰る荻村さんの方も、暗くなってきた空と、夜は風雨が強くなり大荒れになるという予報に、お互い少し落ち着きませんでした。それでも懐かしい時間を再び共有することができたのです。

 

━━開業を模索していた時期、占いの知識・素養 のある若い女性から教えてもらったことがありました。私の固有の「ラッキーナンバーは3」で、「カラーはオレンンジ」であるとのことで、オペラのタイトルであった「三つ(3つ)のオレンジへの恋」を店名としたのです。

偶然にも私の両親と同郷の出身であったその彼女と、創業塾の教室で出会っていなければ、今も知らない「知識」であり、店名も違っていたかもしれません。

 

荻村さんを結び付けてくれた、この「3つのオレンジへの恋」と「早稲田」。

 

そして「早春の学び舎の3つの丘と坂みち」。

 

私は小学校と中学で、それぞれ転校生であった女子二人との淡い思い出がありました。長らく高校では転校生はいなかったと思っていましたが、荻村さんは、私にとって「3人目の転校生」であったのです。

 

いよいよ”最後の営業月“となる4月も中盤に入りました。

 

 


2018-04-04 19:16:00

4月は「3つのオレンジへの恋」にとって、最後の営業月になりますが、連日の「激務」から、

4月12日(木)はお休み

させていただきますのでご了承願います。

 

最後の「ヤマ」である入学式は何とか乗り切ろうと思っていたのでしたが・・・。

大変残念で、また申し訳なかったのは、当方の不手際で、三人の女性客が待ちきれず、気分を害されて帰られたことでした。

 

同じように大勢の方が殺到し、オーダーが集中する卒業式の3日間は何とか無難にこなしたのですが、入学式2日目のこのときは、来店・注文が一気に集中して、私が15分ほどと告げた待ち時間は、25分ほどになってしまったのでした。

「注文が伝わっていないのか」と厳しい言葉をいただきましたが、あとで家内に確認すると、20人連続(20番目)の注文で、このときまさに順番通りにお出しできるタイミングだったのです。

しかしもう時間がないからと、怒って帰られてしまいました。途中で、時間の余裕や緊急度を伺わなかった私のミスでした。

 

貴重な昼休みの時間・お食事の機会を奪ってしまいましたが、私も会社員時代に何度か同じ体験をしたことがあり、何とも不快な気分になったもので、自責の念にかられます。

この3人の方にはあらためてお詫び申し上げますが、気持ちはもう届くことはないかもしれません。

 

入学式・卒業式・早稲田祭・オープンキャンパスなど、「超戦闘モード」の日には、避けようとしても思わぬ「ミス」が出てしまうことがありました。

この日は、決してオーダー・注文の扱いや順番を間違えたわけではなかったのですが,状況を確認しお伝えする余裕もないまま、当店の歴史の最後の最後に、痛恨の極みとなりました。

 

泣いても笑っても、いよいよ「最後の4月」の幕は開いたのです。

 

食べ終わり 

喜び帰る新入生

「また来てね」とは

言えぬつらさ哉

 


1