インフォメーション

2018-03-23 15:34:00

「さきほど来、楽屋には大勢の知人友人が、手にいっぱいのお土産をもってかけつけてくれています」

「ここでお客様にお知らせがあります。私のカバンにはなお若干の余裕があります」

 いまは懐かしい、林屋こん平さんのあいさつ ━━。

 

おかげさまで「3つのオレンジへの恋」が、オムライスの美味しいレストランとして地域・地区の「トップ3」や「8」「10」のよい位置にランクされ、高い評価・ご支持を頂けていることは、まことにありがたいことです。

 

さりながら、にもかかわらずなのですが、「3つのオレンジへの恋」が、この4月いっぱいで営業を終えると伝え聞いて、大勢の方がかけつけて惜しんでくださいました。

 

みなさまとお会いすると、月並みな言葉ですが、この16年間の走馬燈を見るかのようで、さながら年次を超えた小さなクラス会・同窓会のようでもあります。

長年、このようなよい方々・ご立派なみなさまに愛され、支えられてきたのだと思うと、ただただ感謝申し上げるしかありません。

 

お会いできて本当によかった!

 

いよいよ明日からは、「3つのオレンジへの恋」にとって早稲田大学最後の卒業式、そして続く、これも最後となる入学式です。

私は昭和48年(1973年)第一法学部卒ですが、今年は私にとって「二度目の早稲田卒業」になります。

 

困難と闘いながらの2002年4月の開店以来、多くのおもいでが私の心の中にあり、このHPやブログを始めてからは、かなりのことをそこに記録できたことは幸いでした。

そしていつも店内のテーブル上に置かれて、みなさんが心を込めて書きこまれた、おそらく100冊近い「こうかんノート」も、貴重な財産となりました。注文そっちのけでみなさんが夢中になり、楽しんでおられたのでした。

 

いよいよ「3つのオレンジへの恋 ~ 最終ステージ」が始まります。

どうぞ「とびきりの思い出」をおつくりになってください。

こんなレストラン、オムライス、ほかには絶対にないのですから━━。

 

(お願い)

4月1日の入学式の日、入り口に近いテーブルに座られた方で、広げていた新歓のチラシ類と一緒に、間違えて「交換ノート」(2冊とボールペン)を持って行かれた方はいらっしゃいませんか。

来店された方の生の貴重な声・記録ですので、戻していだけだれば、大変うれしくおもうのですが。

 

(追記)

入学式二日目の4月2日、大学は違うが近くに住んでいるという女子学生が、オムライスを食べにやってきてくれました。

このHPを読んで、「3つのオレンジへの恋」が4月いっぱいでその歴史を閉じることを知ってやってきてくれたのです。とても美味しかったと━━よかった!。

 

オムライスじゃなくパスタが食べたいとグズっていた男の子は、「美味しいよ」という私の言葉にひかれて、ママからデミハヤシオムのおすそ分けをしてもらっていました。

帰り際にママに聞くととても喜んで食べていたとのこと・・・。

「ホラ!やっぱり美味しかっただろ!」

 

残念だったのは大学の職員さんか、三人の女性が待ちきれずに、食べずに帰られたことです。

来店・注文が殺到、ご飯が切れて焚き上げる時間帯に入ってしまい、私が見込んだよりも時間が大幅に経過、貴重な昼休みの時間・お食事の機会を奪ってしまいました。

私も会社員時代に同じ体験をしたことがありますが、何とも不快な気分になったもので、自責の念にかられます

 

入学式・卒業式・早稲田祭など、来店者が殺到する「超戦闘モード」の日には、取り仕切りのなかで、避けようとしても思わぬ「ミス」が出てしまうことがあります。

この日、決してオーダー・注文の扱いや順番を間違えたわけではなかったのですが,状況を確認しお伝えする余裕もないまま、店の歴史の最後の最後に、痛恨の極みとなりました。

つぎにこのお三方がお見えになることがあれば、丁重にお詫びさせていただきたいと思っております。

 

泣いても笑っても、いよいよ明日は入学式3日目、「最後の戦闘日」になりました。

 

 


2018-03-11 16:00:00

「ごめんね・・・」

こう言いながら、うら若い女性が木の根下に倒れ込む・・・・。

残されたものの悲しみを平井 堅さんが滔々と歌いあげた「瞳をとじて」。ビデオの映像シーンとともに何度耳にし目にしても熱いものがこみあげてきます。

 

「3つのオレンジへの恋」の「舞台」で一人の女性が涙を流しました。

この味・・・あのときと同じ・・・変わっていない。

早稲田を卒業後、久しぶりに東京にやってきて、海よりも懐かしい思い出の「オム」を食べたのです。

 

ある年の受験シーズン、不安でいっぱいになり眼に涙をためながら、ひとりの女子高生が「3つのオレンジへの恋」のドアを開けました。

はやいもので、その彼女もことしの春は他大学の4年生となるのです。先日、「まえたか」の彼といっしょにやってきて幸せそうな顔を見せてくれました。

 

きのうの土曜日は、早稲田実業初等部2年生の母子一組と1年生の母子三組とがにぎやかに来店。課外授業で、大隈庭園のなかで、磁石にくっつく石を採取してきた帰りのようです。

 

こどもたちはみな活発で、オムライスやブリュレを満喫したあと、それぞれ思いを口にします。

 

「なんで辞めちゃうの」

「もうじき70歳になるからね」

「自分は社長をやって、従業員を募集すればいいのに」

「ぼく、店長やるよ」

「私も働く!」

「ぼくタマゴ焼く!」

「むずかいしんだよ。気持ちだけもらっておくね」

 

「はい、ピース!」

帰り際に1年生の女の子が無邪気に私の写真をアップで撮っていった・・・ありがとうというべきなのか。

きみたちが早稲田大学に入学するときには「3つのオレンジへの恋」はもうないんだね。

いつかこの日のことを思いだしてくれるかな。

 

笑顔と、ときにはいくとおりかの涙。

幾多の名場面がうまれた「3つのオレンジへの恋」の舞台でした。

 

4月が終われば、新しい物語が始まることはもうないのです。

 カーテンコールはありません。

 


2018-03-01 18:43:00

母校である早稲田の地で、16年間愛され続けた「3つのオレンジへの恋」。

実は17年目を迎えることし 4月いっぱいで 終了 することをお知らせしなければなりません。

あの愛すべきオムライスたちや、絶品のクレームブリュレとも お別れ です。

 

「16年」といえば、ちょうど小・中・高校・大学の在学年数の合計と同じです。

小学校の1年坊主が大学を終えて社会に巣立つ年になることを思うと、その重さをひしひしと感じます。

 

2002年の開店当初にはまだ青年の面影をとどめていたと思う顔かたち━━いま、地下鉄の窓ガラスに映っているのは、本当に自分なのだろうか?

 

もうずっと前のことですが、高校の先輩である久米 宏さんが、会社員になった同級生に久々にバッタリ出くわしたとき、(アナウンサーである)自分から見ると、彼が別人のようにやつれていたことに驚き、会社員でいることの過酷さを思ったと、ラジオ番組の中で語っていました。

 

毎年1回開かれている私の高校のクラス会。

「3つのオレンジへの恋」を立ち上げ、今日まで経営してきた私ですが、久米さんの語りに相槌を打ちつつも、ここ数年に“サラリーマンをあがった”同級生たちの「若さ」に少し驚かされます。不器用で苦労の多かった私の会社生活と違って、「無事これ名馬」だったことでしょう。もっともクラス会には「無事組」しか出席していないこともありますが・・・。

 

私以上の労苦をともにしてくれた家内とともに、多くの称賛の声に支えられながらのこの16年、大変な歳月を過ごしてきたのだと、あらためて思うのです。

 

「3つのオレンジへの恋」がなければ、決して出会うことのなかった素晴らしい方々がいらっしゃいました。

 


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