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2016-02-24 14:23:00

早稲田大学では入学試験も終わり、今日からロックアウトも解除されました。

「3つのオレンジへの恋」は入試期間中連日営業いたしまして、昨日はお休みさせていただきました。

 

毎年この日に皇室のニュースが伝えられると思いだすことがあります。

いつかは自分の誕生日が祝日になると、控えめだが嬉しそうに話していたひとの面影・・・決して忘れることのない「青春のプラザ」の想い出です。

 

先日は、はるばる佐賀県から 知人がやってきてくれました。

もう30年近く前になりますが、不動産業界の北米視察ツアーで一緒だった方で私よりも先輩です。昨年、郷里の佐賀にもどりましたが、「3つのオレンジへの恋」の近くにも家があって、この日、久しぶりにやってきてくれたのです。

 

佐賀といえば大隈重信候ゆかりの地で、早稲田佐賀中学・高校のある県でもあります。

九州早稲田校の現在地への誘致合戦、美しい海岸線、佐賀の12賢人のことなど、知らなかったことを一杯話してくれました。

 

サンドイッチマンや中川家と並んで、いまや漫才界の至宝といえるナイツの塙氏が佐賀出身であることはもちろん、そのお父さんが、私が勤めていた総合商社にいらした経理マンで、さらに千葉県に住んでいることまで、その知人は良くご存じで、さすが郷土愛の知識に溢れていました。

 

そして佐賀のひとは、長崎や福岡、鹿児島、熊本など九州他県と比べると非常に地味で、PRが下手で、万事控えめなのだとお聞きしました。私のいた会社でも九州出身はみな「賑やか」であったので、それを聞いて少しおどろきました。

私の両親は東北秋田の出身で、東北のなかでも特に控えめ謙虚な県民性だと思っていますが、佐賀県がよく似ていると思いました。秋田も佐賀も米どころで豊かであるということが、あくせくしない県民性に影響しているのでしょうか。

 

お兄さんの方の塙氏は、有名な出身者は松雪奏子しかいないと歌っていたが、秋田県も東北の他県にくらべれば結構地味で、有名人の数も少ないように思います。

そして九州ではみんな焼酎だと思っていたら、何と佐賀は米どころで、焼酎より清酒を飲んでいるのだと。

知らないことばかりでしたが、急に親近感が増し、この知人のご案内で佐賀に行ってみたくなりました。

 

「佐 賀」・・・「素 粒 子」になって飛んで行きたい!

もうひとつの忘れることのできない、「大好きだった」文字です。

 


2016-02-16 14:14:00

とある名店の、少し大型の肉まんを食べたときのことでした。

五個・袋入りの肉まんの味や、食感になれていたわたしは、名店の一品を口にして少しおどろきました。味はきわめてシンプル、控えめで一瞬物足りなく思いましたが、少したってから、肉のうまみが香辛料と混ざり合って口の中に広がってきました。不純物のかけらもなく、不自然な味覚も全くありませんでした。上品なのです。

 

もう10年以上も前になるのか、私は、スポットで参加した料理教室で作ったウインナーの味を思い出しました。

大手系列ではない、手作りハムやソーセージを販売している会社の方の指導で作ったウインナーでした。ひき肉を手でこね、適量の香辛料を加えてから、旧式のオモチャのように見えないでもない小さなマシンを使って、うすいナイロンのような腸膜に詰めました。目の前にあるのは、最低限、最小限の素材だけで、訳の分からない増量剤や添加物など一切加わりません。

 

完成したウインナーの試食では、小さなものしか回ってきませんでしたが、良いもの、安心を口にしているという実感がありました。

 

避けるわけにはいかない大量生産・大量消費の時代に、我々は、何かよく分からない食品に慣らされてしまいました。

例えばつまみやおかずに手ごろなウインナーソーセージやメンチカツは、口の中で、何やら「不純物」の不快な感触がもう当たり前で、ファストフード系の濃くて強い味も、本来の食品の味とは全く別のような気がします。

 

私が子供の頃から好きだった庶民的な「しめ鯖」も、今は化学合成製品のようで、不思議なものになってしまいました。

 

世界中を震撼させた「マクドナルド事件」では、製造先である中国の工場が最悪でしたが、あんなものを口にしていたかもしれないと、思い出してもゾッとします。かつては「美味しさ」のシンボルだったので、何とか立ち直ってもらいたいと思いますが、世界的なブランドが、こうも脆く崩れるとは、誰も思わなかったことでしょう。

 

「3つのオレンジへの恋」では、「違いのわかる」お客様から「美味しかった」とよく言われます。

よけいなものはくわえず、強烈な味でごまかさず、愚直に、ひたすら真面目に良いものをお出しするよう、心がけています。

 

早稲田大学は現在受験シーズンの真っ盛り。

「3つのオレンジへの恋」には、思わず応援したくなる、爽やかで純粋な男女の受験生が連日見えています。

 

 


2016-02-07 17:30:00

本日(7日)、「3つのオレンジへの恋」において、早稲田大学の校友であり、長年、渡辺文学さん(禁煙ジャーナル編集長)とともに、日本の禁煙活動を支えてこられた塚田啓一さんを偲ぶ会が行われました。

 

参加された老若男女24名が思いおもいに、塚田さんの思い出を語りました。

 

異口同音に語られたのは、お酒を愛され、そのひょうひょうとした魅力あるお人柄でした。文学さんらと共に、スモークフりーキャラバンで全国をまわられましたが、元早大自動車部ということもあり、塚田さんは安全運転で、同乗者はても安心だったそうです。

ちょうど80歳の日でしたが、亡くなられるほんの数日前まで、盟友である文学さんらと元気にお酒を酌み交わしていたとのこと。

 

とげぬき地蔵高岩寺ご住職の来間(くるま)さんは医師でもあり、ご自分と一緒の時であったならば、救命措置がとれたのにと惜しんでおられました。参加されたみなさまから送られた言葉やエピソードは、ひとことひとことが大変こころのこもったものでした。

 

私はここ数年に、大学時代の同級生ふたりと、大学は異なりますが親しい友人一人が亡くなったときのことを思い出しました。それぞれ同級生の態度は淡白なもので、私は内心彼らに失望していました。いずれはそんなものかもしれないと思うと、この日がどんなに素晴らしかったことかと思うのです。

 

タクシー禁煙化の先駆となって活動してこられた安井さんは、いよいよドライバーをやめることになったとのことで、長年お疲れ様でした。やはり先年、ドライバーを引退した辻丸さんの懐かしいお顔も。禁煙タクシー訴訟幹事をつとめられた丸山さんからは「覚えていますか」と(もちろん!)。

 

当店は全面禁煙ですが、全国でタクシーの禁煙化が進み、新幹線、オフィス、病院、公共施設などにおいても禁煙が当たり前になったのも、今日集まられた皆さん方が中心となった活動の成果の賜物と、あらためて感謝いたします。この日、参加された中久木先生、大野先生、望月先生、氷鉋さん、寺嶋さん・・・みなさん列記できませんがありがとうございました。

 

塚田啓一さんは誰にも迷惑をかけることなく、見事に人生をドライブされました。

享年80歳で私よりも年長でしたが、とてもひとなつこそうなお姿をもう拝見できないかと思うと寂しさを禁じ得ません。この日集ったみなが諸行無常を感じた一日となりました。

 

(付記)

    塚田さんがなぜこんなに愛されたのだろうかと思いました。

    まずは憎めないお人柄ですが、初めてお見かけしたときに、

    誰かに似ている、どこかで見たと思い、はたと気がつきました、

         水木しげるさんの漫画にでてくる、おじさんの風貌でした(妖怪ではありません)。

        どこか懐かしい、親しみを感じさせるお顔であり、キャラクターでした。

 

        (なお2月8日(月)は臨時のお休みとさせていただきました)

 

 


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