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2016-01-30 14:20:00

ある日のことでした。

その日、初めてやってこられた一人の熟年女性は、思ったところを率直に話される方でした。

 

最初に曰く

     「やさしくてとっても接客の態度がいいですね」(テヘ!自身はないがわたしのことです)

     「学校の先生みたいに見えるわ」(先生ではないが、昔はサラリーマンだったんですよ)

      「お店の中も可愛くてきれい」(そうなんです)

 

また曰く

     (先日、高田馬場方面などいくつかの店に行ったそうで)

     「いくら外観や店内がきれいでも、味がよくなければだめよね」

     「たとえ美味しくても、店の人の態度が悪かったりそっけないと台無しね」

 

 そして帰り際に、満足そうにこういわれました。

     「オムライスもコーヒーもクレームブリュレも、みんなとてもおいしかったわ」

     (よい材料を使って、ごまかさずに、ひとつひとつていねいに作っているんです)

 

「3つのオレンジへの恋」は個人商店なので接客マニュアルなどあるわけなく、私も家内も振り返って恥ずるところが無いかと言われれば、自信はありませんが、この度のお言葉は、店、特に飲食店を営むものにとってまことに至言でありました。

 

この、少しご年配の女性は決して華美な服装に身を包んでいるわけではなく、ご容貌や言葉遣いなども、少し多めのお持物もみな庶民的なものでした。

私は、こどものときに読んだ昔話に出てきたように「神様」が身を変えて現れ、試し諭されたのだろうかと思ったことでした。

 

 


2016-01-19 16:40:00

センター試験一日目は冷え込みがきつい日でした。

土曜日ということもあったのか、お馴染みの方が何人もお見えになりました。

 

チアリーダーとして活躍し、昨年、社会に巣立っていったSさん。

現在関西方面で働いているが、家を離れたのは初めてで、少しホームシック気味。しかし、職場の人たちは良い人ばかりだそうで、ふつう、仕事上の大きな悩みのひとつが「人間関係」であることを思えば幸せだとおもうよと、私・・・。空気がとてもきれいだという山の中にある職場・・・そのせいか美人になったようです。貴重な体験を積んでいる若い彼女には、まだまだ無限の可能性があります。

 

文学部のT先生もお見えになりました。

私が高校時代の、亡き恩師のご縁で知遇を得た心優しいT先生は、文学部で教べんをとる傍ら、自ら農耕の作業もされています。体を動かさずに不健康な私に比べ、知と労働の、うらやましいほど充実した生活を送られている先生からは、丹精を込め汗水を流したひとのみが手にできる、貴重な収穫物を頂いて恐縮しております。

 

私と同年代のKさんも。

Kさんは、私が高校や浪人時代に時代に聞いていた深夜ラジオ放送の名パーソナリティであった大村麻梨子さんの番組に、それぞれ「ゲスト出演」したという共通項があります。以前書いた私のブログをご覧になって、数年前に初めて訪ねてこられました。

穴があったら入りたい・・・若気の至りで、「出演」した際にはそれぞれに赤面の思いがあることも共通していました。Kさんは、私の出演回を録音されており、わざわざCD化してプレゼントしてくれたのでした。

この日は久々の対面でしたが、麻梨子さんから私に届いたメールのことや、Kさんが企画しているという麻梨子さん関連のサイトについて話が盛り上がりました。Kさんのそのサイトは、きっと麻梨子さんご本人もご覧になられることだろうと思います。

 

 

いつも温かなお心遣いをいただいており、エッセーの名手である女性、Yさんも来店されました。

 

私たちが育ってきた時代は、趣味や嗜好、分野ごとのジャンルが現在のように多様化していなかったので、音楽や映画・テレビ番組、文化・芸能、社会の出来事について、年代を越えて、思いや価値観が共通しているようです。世界や日本文学の名作の数々、ロマンシズム溢れる、現在では古典になってしまう往年の洋画の、何度目かのリバイバル・ロードショー、あちこちにあった名画座によって、私たちは親や先輩たち世代を追体験し、同じ感動を味わったものでした。歌謡ヒット曲もスターも、全国のお茶の間共通でした。ちゃぶ台を囲みながら一台のラジオに聞き入り、やがては同じテレビ番組を親子家族で楽しんだものでした。

 

Yさんが描かれた世界は、あの時代の思いであり、少なからず私の思いでもあります。私の「旧い思い出」も、Yさんにどこかで重なることでしょう。「旧いクラスメート」が目にして懐かしんでくれればよいのだが、と思っています。

 

Yさんがおられたとき、店内には二人の男子中学生がいました。中学三年だというが、制服が少し大きめに見えるふたりは、清潔感が溢れる初々しい少年たちで、Yさんは、この二人を目にされて大きく心を揺さぶられたようでした。私も、あらためて彼らの時代の自分のことや、クラスメート・女子たちを懐かしく思いだします。

 

千客万来ならぬ、好客万来の一日でした。このような方々とお会いできて本当によかったと思えた一日でした。

 


2016-01-10 17:48:00

「三日とろろ」というものを初めて口にしました。

スーパーの試食コーナーで、ひと口、ふた口いただきましたが、とろろのかかったご飯が、身体に優しく滲みわたってゆくのがわかりました。

 

涙があふれてしまってとても読み進むことができない、東京オリンピックマラソン銅メダリストの円谷幸吉選手が綴った遺書の冒頭に、「三日とろろ」は出てきます。

 

円谷選手の出身地である福島の郷土料理かと、私はずっと思っていましたが、このときの試食コーナーには「三日とろろ」の表示があり、売り子のおばさんが、「昔から、正月三日にとろろを食べると一年間無病息災だと言われています」と言っていた。そうか!そういうことかと、遅ればせながら学んだのでした。

 

正月三が日が過ぎ、八百屋さんや食品コーナーの店頭には「七草粥」のセットが並びました。

こどものころ、母が作ってくれた「七草粥」もまた、身体に優しい食べ物でした。「七草粥セット」などない時代、ときには七草に満たないことや、七草以外の野菜が入っていたこともあっただろう。

 

「紅白」が終わって除夜の鐘が聞こえてくると、母は「年越しそば」を出してくれ、年が明けると今度は早速「お雑煮」を作ってくれる。

菓子のような「おせち」の甘い伊達巻きを目いっぱい食べて、「あべかわ」「黄な粉」「おしるこ」など、モチを飽食三昧した後、「七草粥」の食感は新鮮でした。いまでは特養でお世話になっている、100歳を越えた母も、食べやすいように柔らかくした「七草粥」をいただいたことでしょう。

 

こどものころ、私がお腹を空かして帰ると、母は、ありあわせのものでなんでも作ってくれた。

今頃の時期には乾燥イモが置いてあったが、何もないときには梅干しやたくあんだけのお粥、ゆで上がるのを待ちかねて、まだ温かいのをいくつも頬張ったゆで卵。塩をまぶしただけのおにぎり・・・丸く平たくて、真ん中はいつもやさしくくぼんでいた・・・味噌や醤油をつけた焼きおにぎり・・・。

 

くず粉や片栗粉を水で溶き、砂糖を入れて温めただけの葛湯もごちそうだった。戦時下の不味い食べ物の代名詞のように言われていた「すいとん」も作ってくれたが、珍しく、決して不味いとは思わなかった。「ひもかわ」と母が言っていた「きしめん」、油揚げや鳴門、ほうれん草が入ると一段と豪華になったうどん。手軽な「めんつゆ」などまだなかったが、どれもこれもどんなに美味しかったことか。合成保存料、添加剤の混じらない愛情一杯の健康食品だ。

 

コンビニなどなくても何ひとつ不自由はなかった。

ただひたすら甘えるだけだったこども時代・・・いま思うととても贅沢で、申し訳ない気持ちで一杯です。

 

むかしの家庭のようにていねいに作った優しい味の「3つのオレンジへの恋」は、6日から営業いたしました。

この日初めて「石焼きオム」を召し上がられたお馴染の熟年男性は、最後の一口まで美味しかったと大変ご満悦で絶賛をいただき、、当店もなによりのスタートとなりました。

 

試食させていただいた「三日とろろ」の売り場では、長いもを買わせていただきました。むかし、母が千切りにしたり、おろしてくれたものを食べたとき、口の周りが少しかゆくなったりしたものだった・・・。

 

なお、9日(土)は 申し訳ありませんが お休み させていただきました。

きょうは、早やくも成人式が終わったようです。

 

 


2016-01-03 17:35:00

昨年のある日のこと、高校制服姿の女子3名と男子1名とがやってきました。


学校名を聞いたところ、「群馬県の中高一貫の四葉学園です」とのことでした。覚えやすく、よい校名なので、ああ!あのときのと、すぐに思い出しました。

以前、大学見学の折に、先生の引率でグループでやってきてくれた生徒たちでした。この日はSNS研究のためだそうで、前回、美味しかったので、また「3つのオレンジへの恋」にやってきてくれたのです。

 

同じ日、一人でやってこられたご婦人から、「普通のオムライス」をと言われたので、当店はすべて「特別製」で、普通のオムライスはありませんよと伝えました。会計の時に、美味しかったですよと言われたので、先ずはよかった!

 

いつもご利用いただく大学の男性職員に、この度の「こども映画教室」のことを話したところ、エンパクの館長さんから評判は聞いておられたようで、とてもよくご存じで、私は「本当にそうなんですよ」と、もう何も説明する必要はありませんでした。


映画教室の「オレンジチーム」のおひとりのお母さんからはメールでお礼をいただいたり、早速来店していただいたご家族もあったり、さらに「こども映画教室」代表の土肥さまからも、心のこもったお礼のお言葉をいただいたりと、「こども映画教室」の余韻いまださめやらずというところです。

 

この日はまた、サークル名は聞かなかったが、100名はいるという大きなダンスサークルの上級生が、大隈講堂で引退公演の日なのだそうだ。

開場前、大隈講堂の前には大勢の人がならんでいた。

ステージを見ることはできなかったが、「3つのオレンジへの恋」のオムライスを食べてご機嫌だった6名の女子は、ラストの演技を無事に終えて、大きな歓声と拍手をもらったことだろう。お疲れ様でした。

いずれも昨年の、とある日のことでした。

 

ことしは、1月6日(水)より営業の予定です。

今年も「3つのオレンジへの恋」を、よろしくお願いいたします。

 

 


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