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2015-09-26 18:00:00

ラグビーのワールドカップでは、南ア戦の奇跡に日本中が湧きました。

 

ラグビー界の奇跡といえば、早稲田大学100周年記念事業で英国遠征した全早大ラグビーチームが、大男ぞろいの名門ケンブリッジ大学と対戦し、死闘の末に13ー12で勝利したこともまた。 

本城、植山、吉野、奥脇、石塚、益子らが出場していた。

 

「“荒ぶる魂“ 名門から金星」

  ケンブリッジ大学破る 単独チーム初の快挙

「ガッツポーズどころではなかった。1点の攻防に精根尽き果てたのか、ノーサイドの笛が鳴った瞬間、全早大フィフティーンは腰をかがめ、うなだれるだけだった・・・・大西監督は・・・眼鏡の奥に光るものを浮かべてゲストハウスへ引き揚げる選手に拍手を送った・・・・」 (サンケイ新聞 昭和57・3.11より)

 

私の在学中(昭和44年~)、早稲田ラグビー部は強く、対抗戦グループでは全勝対決した明治に、あっけないほど簡単に勝ち、無敵の感がありました。

たしか公式戦30何連勝をしたのではないでしょうか。

伝統の軽量フォワードから繰り出されたボールを素早くダイビングパス。パスをするかと思えば自らスクラムサイドを突破、ハイパント、ゴロパント・・・多彩な攻撃を仕かけたのは、小柄なスクラムハーフ宿沢選手でした。

 

早明戦はまだ秩父宮ラグビー場で行われており、ラグビー人気が全盛を迎える前でした。

 華麗なステップと正確なロングキックを決めたフルバックの植山選手、甘いマスクで女性ファンに人気のあったスタンドオフ本城選手、宿沢二世といわれた堀越選手ら、錚々たる選手が名を連ね、一時代を築いた早稲田ラグビー。「縦十字」という戦法を見せてくれたのは、いつの試合だったろうか。

 

その後は、名スタンドオフ松尾雄二選手を擁する明治や、上田監督率いる慶応も強く、(ボールを)まだつないだ!綿引監督の日体大も強かった。

早明戦、早慶戦では好ゲームが繰り広げられました。この日のために厳しい練習に耐えてきた各校の選手たちは、伝統の一戦を前にして監督からジャージーを手渡されるとき、特に明治では長年指導にあたった「前へ!」の北島老監督から・・・みな泣いているといいます。ファンはもうこれだけでグっときてしまいます。

 

早稲田展開ラグビーのお株を奪うようだった関西の雄、同志社大学も圧倒的に強かった。

最近では、明治のフォワードと早稲田のバックスを合体大型化したような帝京大学が群を抜いて、スリルが無くなってしまった。

 

開幕前には今一つ人気が盛り上がらなかったラグビーワールドカップでしたが、南ア戦での痺れるような攻防は、本当に久々にラグビーの醍醐味を思い出させてくれました。

 

私は、あらためて五郎丸選手に至る早稲田ラグビーの歴史をふりかえろうと、店内カウンター席に置いてあったはずの「早稲田ラグビー蹴球部90年史(?)」を探したが見当たらない。

おかしいなと思いつつ思い出したのは、先日聞こえてきた、OBと問われる男性客同士の会話。

少し離れたところにいた私の耳に「・・・ラグビー・・・」という言葉が聞こえてきました。

ははあ、あの本を見たのだなあと思いましたが、まさか持って帰ってしまっていたとは思いませんでした。

 

その「90年史」は、たしかベースボールマガジン社発行の写真集(非売品)で、運よくたまたま手にすることができたのでした。

お客さんにも目にしてもらおうとカウンターに置いていたもので、勝手に持っていかれては・・・。

堅牢な装丁の美本だ、何故持って行ってよいかと確認してくれなかったのか、残念に思うのです。

これは反則、ペナルティです。

 


2015-09-14 19:18:00

家のなかを整理していると、一枚の油絵が出てきました。

 

高校美術部の夏休み合宿で、菅平高原に行った際に描いたものです。

まだスキーをしたことのなかった私には、初めて目にした、リフトを支えて連なる赤い鉄骨が、両腕を広げた怪獣のように見えました。

赤い屋根に白い壁のロッジに向かって下ってゆくゲレンデは、眩しいくらいの緑一色。 

遥か遠くには青い山並みを望む・・・そんな景色を描いたものでした。

 

実家のどこかにあるとは思っていたその絵は、長らく放置したままだったが、両親が大切に保管してくれていたのか、保存状態は極めて良好でした。

 

高三のあの夏が、若い日の思いが蘇ってきました。

 

父が亡くなって実家を売却した際に、処分を免れた大量の家財一式は引き取ったまま手つかずでしたが、この度あった、住まいのマンション改修工事の際の「苦役」の見返りに、予期せぬ再会ができたのでした。

 

父の影響を受けて、私は小中高と美術部に所属しましたが、まったくの自己流我流で、正直なところ、油絵の具はどのように配色して、どう塗り付ければよいのかすらわかりません。感性、直感の赴くままでした。

 

それでも、マーラーの「巨人」やベートーベンの一・二番のように、まだ深い苦悩もなく、若さに溢れたその絵からは「さすらう若人の歌」が聞こえてくるようで、懐かしさに、66歳になった私の心は激しく揺さぶられました。

 

結局、油絵は中学で一枚・・・写真を見て描いた湖沼の夜明けで、褒めてくれた先生もいました。高校では夏休み合宿の三枚しか描かなかったと思いますが、習作のようなほかの絵は次に使おうと、白くぬりつぶしてしまったようで、残っているのはこの一点だけだったように思います。

それだけに、なお一層感慨深いものがありました。それは昔の写真や文章を目にするのとはまた違ったものでした。

 

最近は、「エクステンション」の生徒さんの作品展を拝見して、いたく感心していましたが、絵画の手法を習っている生徒さんの目から見て、たとえ稚拙であろうとも、強く惹きつけらるのでした。

我が青春の忘れ形見・・・文字通りの自画自賛です。

 

二人でボートに乗った高校1年の精進湖、2年は尾瀬沼・・・。

真夏の強い日差しの中、草いきれのする菅平高原で、ひとりわたしは、美大に進んだたおやかだった女子と、来年はもう同じ部で一緒にいることはないのだという寂しさを味わっていた・・・。

 

小学校でも中学でも・・・いつも卒業という行事、儀式の度にやってきた別離。

(もう卒業なんかしたくない!)

 

私が結婚式を控えていたある日のこと、婚約者といた私は、百貨店のとある売り場でまったく偶然に、お姉さんらしい方と一緒の彼女に出逢ったが、どうしてよいのかわからないまま、言葉を交わすこともできなかった・・・。

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「3つのオレンジへの恋」は、いよいよ 8月16日(水)より再開 します。

 

(後記)

    店内に飾ってある、早稲田大学風景は、中 喜一さんの作品です。

    また、カウンター席の可愛らしい絵は、若い、あかがわ なおさんの作品です。

    どちらも早稲田OB(G)で、このお店を大変気に入ってくださり特別に飾らせて

    いただいているものです。

    

    ときどき、私が描いたのですかと聞かれます。 

    私は、うら若い頃、ごく自然に絵に集中することができましたが、大学時代も、

    そして卒業して会社員になり、退職して、開業してから今日に至るまで、まったく

    絵筆をとったことはありません。

    心がまっさらなキャンバスのようで、精神的にゆとりがなければ、描けないことに

    気がつきました。

   

  


2015-09-04 19:45:00

例年この時期は、大久保校舎からリケ女がよく見えます。

初めての方も、常連さんも、みなさんニコニコして帰ってゆくのです。

お店の方もうれしくてニコニコしてしまいます。

 

「可愛いお店大好きです」

OLさんでしょうか。

ニコニコしてでてゆかれました。

 

申し訳ありませんが、9月5日(土)~15日(火)は 臨時のお休み とさせていただきます。

9月16日(水)より 営業 させていただきますので、

よろしくお願い申し上げます。

 

HPやブログは随時更新してゆきますので、引き続きご覧ください。

 


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