インフォメーション

2018-04-18 17:15:00

(速報)

明日26日(木)は臨時のお休みですのでご了承ください。

 

なお、4月末の閉店については、あまりの反響の大きさに、5月1日・2日の両日、追加営業の予定でしたが、惜しんでくださる多くの声に押されて、さらに5月11日まで営業いたすこといたしました。

 

 

(以下がHPの本文です)

 

「久米宏さんは30年にひとりの逸材である」

社内ではこう評されていたそうです。TBSの後輩で現フリーアナウンサーの生島ヒロシさんが語っていました。

久米さんは、私の出身校 東京都立大学付属高校の5期先輩にあたります。

 

私が社会人になってから、その久米さんのテレビトーク番組に、クラス(都高18期C組)の担任であった黒羽清隆先生がゲスト出演されると聞き、夜の放送時間までに何とか帰宅することができました。

当時は静岡大学教授で、歴史マンガを大学の教材に使用して話題になっていたのです。画の細部にいたるまで時代考証がなされ監修されたマンガは、情報量が豊かなりっぱな教材なのであると語る黒羽先生の持論を、久米さんは愉快そうに聞いておられました。

 

私が通った小学校と中学校はどちらも丘の上にありましたが、「都高・都立大付属」もまたそうなのでした。

高架上にある東横線の都立大学駅を降り、環状八号線の交差点を渡ると、高校まではバス通りの長い坂みちが待っていました。

 

小学校と中学につながる坂はこじんまりとした坂でしたが、高校に至る「八雲が丘」の上り坂は、ノンビリ屋で遅刻することが多かった私には、悪意を感じるほどつらくて長い坂みちでした。

教科書がいっぱい詰まった重いカバンを投げ捨てたらもっと早く走ってゆける、途方もなく広い校庭の南端にある土手と塀をよじ登ればショートカットできる・・・何度誘惑にかられたことだろう・・・漸くの思いで大学正門に辿りついても、駅から一番遠いところに建つ高校の校舎は、広いグラウンドの向こうに遥かに霞んでいるのです。

 

それでも、クラスや美術研究部の親しい友や女子と会話をしながらの帰り道には、この「絶望の坂」は、ほどよい長さの下りの小道となって・・・もっともっと長くてもいい・・・朝とはまったく別のやさしい顔を見せるのでした。

 

先日、高校の1年先輩の女子 荻村さん(仮名)が「3つのオレンジへの恋」に再びやってきてくれました。

 

「道産子です!」

愛らしいその先輩は、私が1年ときに都高の美術研究部の部室にやってきたのです。新しい部員の登場に、そこにいた誰もが「可愛い!」と思い、嬉しくなったはずです。

 

私は「どさんこ」という言葉にはまだ馴染みがなかったので、「ドサン!」という、ちょっと乱暴に思える言葉と、可憐であった荻村さんのイメージが結びつかないという、まとはずれな感想を抱いたことをいまでも覚えています。

 

美術部のほかの2年生の女子は、明らかに私たち同期の男子・女子とは違う、一種貫録があったものですが、荻村さんはまるで同期のように親しみやすく、初々しい方でした。

私は一浪のあと、1年遅れで荻村さん(教育学部)と同じ早稲田大学(法学部)に進みました。

 

━━おととしの早稲田大学ホームカミングデーの日、該当年次であった荻村さんは「3つのオレンジへの恋」を訪ねてくれたのです。

学生時代以来の何十年ぶりかの再会でしたが、お人柄そのままの荻村さんでした。

混雑する日のことで、ゆっくりお話もできませんでしたが、それ以上もう何も望めません。

あの荻村さんがお顔を見せてくれた!

 

そしておよそ1年半後の先日、土曜日の午後に突然ふたたび。

店を閉めることを知って、映画をごらんになったあとに、わざわざ立ち寄ってくれたのでした。

 

私は息子のローンの手続きで銀行に行く時間が迫っており、「トトロの森」まで帰る荻村さんの方も、暗くなってきた空と、夜は風雨が強くなり大荒れになるという予報に、お互い少し落ち着きませんでした。それでも懐かしい時間を再び共有することができたのです。

 

━━開業を模索していた時期、占いの知識・素養 のある若い女性から教えてもらったことがありました。私の固有の「ラッキーナンバーは3」で、「カラーはオレンンジ」であるとのことで、オペラのタイトルであった「三つ(3つ)のオレンジへの恋」を店名としたのです。

偶然にも私の両親と同郷の出身であったその彼女と、創業塾の教室で出会っていなければ、今も知らない「知識」であり、店名も違っていたかもしれません。

 

荻村さんを結び付けてくれた、この「3つのオレンジへの恋」と「早稲田」。

 

そして「早春の学び舎の転校生」。

 

私は小学校と中学で、それぞれ転校生であった女子二人との淡い思い出がありました。長らく高校では転校生はいなかったと思っていましたが、紛れもなく荻村さんは、私にとって「3人目の転校生」であったのです。

あるとき、ひとりの男子学生が「3つのオレンジへの恋」は”ジブリ映画“みたいだから好きだと言いました。萩村先輩は、「ハウルの動く城」の倍賞千恵子さんのようで、魔法がかかったように素敵でした。

 

いよいよ”最後の営業月“となる4月も中盤に入りました。