インフォメーション

2014-05-24 15:35:00

旧早実高の校舎、現120号館で解体工事が行われましたが、どうやら旧早実高の「顔」とも言うべき正面の建物は残るようで、その横で新たな校舎の新築が進んでいます。

 

 「3つのオレンジへの恋」が早稲田で開業してから早や12年。

数年前、商店会の新年会で、「早いもので10年になります」と挨拶させていただいたところ、タンメン、餃子の老舗「稲穂」さんから「うちは50年です」とのことで、その重みを十分に感じたものでした。

「稲穂」の気さくな長谷川さんは、長年、地域のラジオ体操推進に力をいれていました。最近はなかなか話す機会もなかったのですが、店を閉められたとのことで、寂しさを覚えます。

 

「稲穂」さんとは、何年か前に、NHKテレビお昼の番組「ふるさと一番!」に、同じ商店会から一緒に出させていただいたことがあります。

 

生中継の番組進行はまさに秒刻みなのですが、、「稲穂」さんがタンメンをゆでて作るのに予定時間がオーバー。「ふたりっ子」でおなじみの進行役の菊池麻衣子さんが、中谷アナウンサーとともに南門通りを「3つのオレンジへの恋」へと、急いで移動してきました。

 

菊池さんが当店に着いて、私に声をかけたとき、私が「はい 第二の青春です」と云うところを「予行演習」とは違うセリフを言ってしまい、菊池さんは一瞬戸惑ったようでしたが、流石にすぐに切り替え進行してゆきました。

 

その日は「エクステンション」で学んでいる「オールド ヤング ガールズ」のグループ」がいらしていて、お一人は、この日テレビに映った自分の姿を見て、長年音信不通だった友人から連絡がきたと喜んでいました。

 

しかし、「稲穂」さんでの撮影が予定より長引いたたために、「3つのオレンジへの恋」からのエンディングシーンがなくなり、「ガールズ」みなで残念がったものでした・・・。

 

それから数年たつうちに、このときのテレビを見た友人が連絡してきたと喜んだ方は亡くなり、高齢もあって、「ガールズ」のメンバーが減ってきたのは残念ですが、今でも「最後の砦」グループが毎週頑張っています。

 

同じ商店会だった理髪店「ホソカワ」の名物おじさんも、私のよい飲み友達だったのですが、5~6年前に80歳になったのを機に引退されてしまいました。

 

大隈通りのレストラン「トキワ」の、オール早稲田商店会を代表する名物おじさん、話し出したら止まらない「べらんめえ」の濱岡さんも何年も前に引退。

 

鶴巻小の近くにある「とんかつとすき焼き 肉のハセガワ」も長年の店を廃業。

美味しかったメンチカツはもう食べることができなくなりました。

待たなければ買えなかったが、この世に数ある中、一番美味しいメンチカツだったと思いました・・・。

 

いたしかたのないことですが、名店がひとつ、そしてまたひとつ消えてゆくのは残念なことです。

 

「3つのオレンジへの恋」も、早稲田大学とともに永遠の命が欲しいものです。

 

(後記)

   高田馬場は滅多に行くことはないので、「ムトウ楽器店」閉店のことは知りませんでした。

   久々に駅前に立ち寄ったときに、その豊富な商品コーナーを楽しみにしていたのに残念で

   した。

 


2014-05-17 18:40:00

薫風薫る候となりました。

今日の朝は、半ソデでは寒いくらいでした。

「もしや!」と屋上に行くと、やはり真っ白な富士山をがクッキリと。

 

ことしは早稲田大学の卒業式と入学式の日にも目にすることができた、珍しい年でした。

空気がよくなったためであればありがたいことです。

 

イギリスの詩人ワーズワースの、虹をみたときの心の高鳴りを詠んだ有名な詩がありますが、

富士山の姿は日本人に、虹以上の大きな感動をもたらし、特に雪を抱いた神々しさは

例えようがありません。

 

明日の日曜日は営業いたしますので、日本語学会等で早稲田に来られた方は、是非

 

「3つのオレンジへの恋」へお出でください。

 

美しい 早稲田の思い出。

 

 


2014-05-10 12:50:00

「長年、早稲田に来ていましたが、こんなに感じの良い店が見つかってよかった!」

昨日、お見えになられたご夫人の言葉です。

 

店を営んでいるものには大変ありがたい言葉です。

 

「3つのオレンジへの恋」の存在をまったく知らずに、偶然に見つけて立ち寄られたのかと思いますが、お店のつくり、食事の内容、スプーンにいたるまで全てに満足されて帰られてゆきました。

 

前回のHP、インフォメーションに、「逢いたいね」と書きましたが、新たなファンにお逢いすることができました。

 

 今日は、常連になられた早稲田文学部OGと・・・「このお店はワクワクしますね」と云った方です・・・文キャン内にある高石記念プールの話しになりました。

 

1970年(昭和45年)、私が法学部2年の時に、体育の授業で1年間通った懐かしいプールです。

 

その方から「水泳の授業は、開始時間になると入り口のドアに鍵が閉められるそうですね」と聞かれ、「そうだ、そうだった」と、忘れていた記憶が蘇りました。 人数を確定して、水中での事故を防止するためだと思いますが、遅れた人には厳しいねと・・・。

 

私が入学する直前まで吉永小百合さんが通っていた、文キャン内にあるプール。

いつごろできたのだろう?と調べたところ、何と1925年(大正14年)竣工の「歴史的な遺産」でした。

 

「早稲田大学八十年史」の年賦を見ると、「最後の早慶戦」の舞台になった戸塚(安部)球場や(高田)図書館、そして門のないことで有名な正門も、この年に竣工したようです。

 

私が体育で水泳をとったとき、安部球場ではソフトボールの授業が行われており、もちろん、野球部の練習場であったので、ユニフォーム姿の選手が身近かにみられました。

 

そのOGは、プール横のスロープを上った先に聳えていた、文学部の特徴ある校舎・・今は取り壊された在りし日の校舎を、店内に飾られた絵画で懐かしんでおられました。

 

(追 記)

 

文学部OGのその方から、つい先日、「むかし早稲田高等学院は、文学部校舎の地にあった

のですか?」と聞かれていました。

 

私は全く知らない時代のことでしたが、たまたま彼女が話した「高石プールのドア閉め」のこと

を書きく加えているときに、高等学院のOB(昭和30年政経)が見え、御年82歳になられる

という、その時代の学院生からを直接、「歴史」を確認をすることができたのです。

 

店内の客は、このときOGとこの老OBだけ・・・・・まるで彼女の疑問に答えるために現れた

と思えるそのOB。

 

「3つのオレンジへの恋」で「不思議」がまた起きた・・・。

 

お年には見えないその老紳士。思い出話が出来て楽しかったといって学院のOB会場に向かった後、私は、疑問が解消したOGと、驚きの目を交わしたのでした。

 

 


2014-05-07 12:55:00

初夏に向かって走り出したのは

あのひと

 

柔らかな 若葉色のウエアが

そよ風に翻る

 

その向こうには

「3つのオレンジへの恋」

 

きっと あなたを待っている

 

オムライスは

あの人の 笑顔

 

ブリュレは

あの日の 初恋

 

そっと あなたに語りかける

 

また 巡り逢いたいね

あのときの 黄金の季節

 

さわやかな あの恋の日

 

 

(お知らせ)

     「3つのオレンジへの恋」は 7日(水) より営業しています。

 

 


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