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2014-02-28 18:30:00

構内の殺風景な工事現場の囲いに、美しい早稲田風景を描いておられる薮野健先生と、昨年バッタリお会いした時に、絵画よりも音楽の話題になってしまいました。

 

先生からロシアの作曲家では誰が好きですかと聞かれた私は、ムソルグスキーやリムスキー・コルサコフなどの国民楽派と、チャィコフスキーの名をあげました。

 

話題が指揮者にまで及んで、私は忘れてならないラフマニノフを云いそびれてしまいました。

 

聴いていて胸苦しくなるような、あまりにも有名なラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18 は映画音楽にも使われ、エリック・カルメンが歌うバラード「恋にノータッチ」にも、ラフマニノフの憂愁のメロディーが引用されています。

 

ラフマニノフの国のオリンピックでは、この曲を使用して世紀の名演を披露した浅田真央ちゃん に敬意を表して、閉会式の日本チームの行進でも奏されました。

 

  「・・・・・ラフマニノフはこの曲を作曲中、強度の神経衰弱に襲われあらゆる治療を試みたが

  効なく、絶望的になっていたところ、友人にニコライ・ダール博士という精神科医で催眠術の

  大家を紹介され、彼の献身的な努力によって全快、博士に励まされながら作曲を再開した・

  ・・・」

 

カッコ内は敬愛する音楽家、宇野功芳氏の「クラシックの名曲・名盤(旧版)」(講談社新書 90年刊)よりの引用 です。

 

 この曲誕生の背景、因縁は、前夜の苦悩から立ちあがって、翌日全世界を感動の渦に巻き込んだ、真央ちゃんの、神がかり的な演技に結びつくようであり不思議な気がします。

 

真央ちゃんが師と姉の「催眠術」で見事によみがえった!。

その演技は曲と一体になり、深い憂いを湛えた、美しい短調の響き。

もしラフマニノフがこの演技を見たならば、この曲は真央ちゃんに捧げられたことでしょう。

 

今度、薮野先生にお会いしたら訊いてみよう。

 

ラフマニノフはお好きでしょう。

 


2014-02-14 00:00:00

大銀杏が咲いた

あれは 雪の花

 

さわれば こぼれる

華やかな花

 

まおちゃん 笑えば 

世界が笑う

 

かなちゃん ニッコリ 

世界もニッコリ

 

あいこちゃんを 

泣かせてはいけない

 

さらちゃんだって 

もう 泣かせたくない

 

まおちゃん 泣けば 

日本(くに)中が泣く

 

かなちゃんには 

とびきりの笑顔がお似合い

 

大きなお目めの

あきちゃんは

やまいから たちあがり

がんばっている

 

みんなに 

みんなに

喜びの 

涙の真珠を あげたい

 

あの夜

時計台が泣いた

 

大銀杏も泣き

花も葉も すっかり枯れ落ちた

 

たくさんの涙は 

上へ上へと上っていった

 

そして 誰も見たことのない

美しい 美しい 氷の結晶になった

 

それは

懐かしくも優しい

雪の精の故郷

 

 

 

 


2014-02-01 13:50:00

先日のことでした。

早稲田大学文学部のT先生がオムライスを召し上がっていたとき、

店内にはCDで中島みゆきさんの「時代」が流れていました。

 

静かに耳を傾けておられた先生が高校の教師をされていたときの、医師だった

お父さんを若くして亡くされた一人の男子生徒のエピソードを語ってくれました。

 

かける言葉もみつからない先生は、中島みゆきさんの「時代」をテープに録ると、

何も言わずにその生徒に手渡しました。

その後は話す機会もなかったようですが、卒業式の日、その生徒が先生を訪ねてきて

一言お礼を言うとそのまま泣き崩れたそうです。

その生徒は父親の遺志を受け継いで、今は歯科医として立派に活躍しているとのことでした。

 

ワーグナーやブルックナーの音楽世界に浸っていた私は、75年の世界歌謡祭グランプリの

この名曲はもちろん、当時の曲は全くと言っていいほど知らず、初めてまともに「時代」を

聞いたのは社会人になってずいぶんたってから、NHKテレビの「みんなの歌」で聞いたのでは

ないかと思います。

 

スッキリと描かれたアニメを背景に、「淡々と語られる」よい曲だと思いました。

 

「今日は別れた恋人たちが 生まれ変わってめぐり逢う」部分はすんなり受け入れ

られました。

 

しかし、「今日は倒れた旅人が 生まれ変わって歩き出すよ」について・・・。

人が一度倒れてから起き上がる、アニメの映像とともに繰り返されるこの歌詞には、

「斃れたひとが生き返るものだろうか?」

「生まれ変わったらもうだれなのかわからないのではないか?」。

自分なりの理解がなかなかできずにいました。

 

しかし、私が成長して歳を重ねるうちに大切な親や家族を亡くし、いつの間にか孫を授かる

ようになって、「今日倒れた旅人が 生まれ変わって また歩きだすよ」という歌詞が、何の

違和感もなく受け入れられるようになりました。

 

それは親から子へ、子から孫へ、大切な人から人へ 命のリレーだと思いました。

40年近く前の、まだ若い時期にこんな凄い曲を作った中島みゆきさんの深さ。

 

いつも心あたたまるT先生との会話ですが、その生徒と「時代」のエピソードをお聞きした

ときに私は、やっとの思いで涙をこらえることができたのでした。

倒れた父親から息子へ、みごとな命のリレーがなされていました。

 

 

(付記)

   私の高校時代に、部活で親しかった女子が、やはりお医者さんだったお父さんを在学中に

   亡くされました。

   そのとき、私はどんな言葉をかけてあげればよいのかわからず、いつもと変わらない態度で

   接していたと思います。

   こころ優しく大らかな性格だった彼女を思うと、お父さんは大きな愛を注いで、どれほど

   彼女のことを慈しんで育てられたことかと思いました。

   彼女の悲しみに当時のわたしは、とても先生のような心配りはできませんでしたが、

   彼女は悲しみを内に秘めて、とても立派に高校生活を送られました。

   彼女と一緒だった部活は今でも私の良い思い出となっています。

 


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