インフォメーション

2013-12-30 19:20:00

大隈講堂の前を通りかかると、大学の見学にきたと思われる小型のバスが停まっていて、

車体の側面には群馬県立高崎高校と鮮やかに書かれていました。

 

生徒の姿はみえませんでしたが、高崎高といえば、私が高校時代に聴いていたラジオ深夜

放送「パックインミュージック」で、「まえたか」と、自校の自慢話で激しく覇を競っていたあの

「たかたか」です。

 

あれからずいぶん時間が経ち、あのとき番組に投書していた「まえたか」と「たかたか」の高

校生も、それを楽しく聴いていた我々もほとんどが定年を迎え、いまは熟年向けの「ラジオ深

夜便」に耳を澄ます・・・・。

 

あの頃受験生だった私は6歳と1歳半の2人の男児と4歳の女の子の3人の孫を授かった。

「もういくつねるとお正月 お正月にはおこられて」

上の2人が1年前にふざけて歌うと、面白くてつい笑ってしまったが、そのあとは恥ずかし

がって歌ってくれませんでした。

 

先日、久々に歌ってほしいと言うと今度は正しい歌詞で二人が一生懸命歌ってくれました。

「おこられて」はもう聞けませんでしたが、正月を待つ子供の気持ちがほほえましい歌です。

 

私が孫たちの年の頃には、正月が近づくと父が玄関に門松やしめ飾りを飾り、床の間に

鏡餅をそなえ子供心にもおごそかな季節感を感じました。

家族で紅白歌合戦を見終わると、遠くで鳴る除夜の鐘をききながら母が年越しそばを作って

くれました。

 

朝になれば母がつくるお雑煮やおせち料理、来客があると出前のお寿司も食べられるお正月。

歌のように凧揚げや羽根つき、コマ遊びやかるた遊びをしたものです。

 

いま、少し恥ずかしそうに「お正月」を歌っている孫たちを見ていると、楽しい正月をただ待つ

だけでよかったあのころに戻りたいものだと思うことがあります。

 

今年最後の営業日、冷たい雨が降る夕刻に一人の女子高生が「3つのオレンジへの恋」を

訪ねてくれました。

年内に我々夫婦にあいたかったので・・・真直ぐな心と笑顔がとても素敵で、お気持ちは

とてもうれしかったのですが、悪天候のなか、来年の受験を控えて風邪をひかないか少し

心配でした。

 

その少女は、今年の夏、「3つのオレンジへの恋」の目の前にある27号館の、私にとって

「奇跡の通路」だと思っている、その通路を通って大隈講堂の方からたった一人でやって

きました。以来、ご縁があって心の交流が続いています。

 

私は深夜放送を聴きながら族で、何も勉強せずに一浪したので語る資格はありませんが、

ひたむきなこの少女の来る年がよい年でありますよう心からお祈りいたします。

 

新年は 1月6日(月)より 営業いたします。

 


2013-12-20 16:40:00

教育学部の学生から話しを持ちかけられました。

小学校や中学校の先生を目指している学生たちで、授業のなかで、こどもたちに街の中で働く人

たちの様子を知ってもらうための寸劇を発表するそうです。

早稲田界隈の何軒かの飲食店をとりあげるようで、その一組が我が「3つのオレンジへの恋」を

選んでくれたのでした。

 

先日ヒアリングのためそのチームの男女7~8名が見えたので、私も早稲田を卒業してから

これまでのことを、かいつまんで話しました。

みなさんとても感じがよく好感が持てました。

各チームの持ち時間は10分程度だそうですが、既に私の役や妻の役も決まり来年の授業での

発表準備に取りかかっているようです。

 

「これからも早稲田のよきお父さんとお母さんでいてください」。

 これは、日本テレビのアナウンサーとして活躍された古閑陽子さんから頂いたお手紙のなか

の言葉です。

 

古閑さんは2002年にオープンしたばかりの「3つのオレンジへの恋」にとって謎の美女でした。

物静かで奥ゆかしく、帰り際に一言言葉をかけていかれることもありました。

 

その後姿をお見かけしなくなったと思っていたところ、2007年夏のある日「こんにちは、覚えて

います?」と、笑顔で古閑さんが訪ねて見えたのでした。

 

謎の美女のことが分かりました。

古閑さんは商学部の学生で、05年に卒業後日本テレビの女子アナウンサーになられて

「ウルグス」などで活躍されていたのですが、あの物静かな女性と女子アナとが結びつかず、

私は「ウルグス」を見ていても気が付かなかったのです。

 

久々に古閑さんが見えたのは、CS日テレの女子アナおすすめの店という企画で思い出の

早稲田の地をロケ取材するためでした。

その番組の中で、古閑さんがとても立派な女性指導者のもとでボランティア活動をされていて、

お見かけどおり誠実な学生生活を送られていたことを知り、そんな方のお気に入りであったこと

をとても嬉しく思ったものです。

 

古閑さんのことは以前にも書かせていただきましたが、(オープン当初は)娘や息子のような学

生たちとの付き合い方もわからず、実際には立派なお父さんになれなかった私は、「早稲田の

お父さん」などとは思いもせず、今もそんなたいそうな気は決してないのですが、応援部のみな

さんや、「3つのオレンジへの恋」を愛してくださる老若男女の方々の心のよりどころになれれば

とだけ思っている次第です。

 

さて、来年の教育学部のみなさんの発表内容はどんなことになるやら・・・?。

学生たちの手によってどんな早稲田のお父さんお母さんたちが登場するのか?

少しドキドキしながら授業の場を拝見させていただこうと思っています。

 

                 (「3つのオレンジへの恋」は 新年 1月6日より 営業予定です)

 

 


2013-12-17 20:00:00

 「3つのオレンジへの恋」は

     18日(水) は  お休み させていただきます

     今年は19 日(木)と 20日(金)が 最終業日となります。

      

 「グローバル人材育成推進事業全体イベント」 ではご好評をいただきました。

多くの方のご利用 ありがとうございました。

 

今年最後の二日間、「オム」食べ納めに どうぞお出かけください。

 

 


2013-12-10 19:40:00

昨夜の応援部吹奏楽団の演奏会、とても充実した公演でした。

 

初めて聴くリード作曲「Golden Jubilee」は荘重ななかにブラスの魅力満載。

吹奏楽団創設60周年を記念した委嘱作品「邂逅」は、歴代の先輩も加わった重厚な演奏となり、客席から金管楽器が鳴り響いたレスピーギの「ローマの祭」抜粋はサラウンド効果が抜群で楽しめました。

 

サプライズは第二部の終わりに、予告なしで演奏が始まった64年東京オリンピックの「ファンファーレ」と、続いて演奏された「オリンピックマーチ」でした。

東京オリンピックは私が中学3年のときでしたから、若い世代のひとたちは初めて聴くひとが殆どだったと思います。

 

「オリンピックマーチ」は、「紺碧の空」の作曲者古関裕而さんの金字塔のような名曲で、「ファンファーレ」とともに3回は続けて聴いていたくなります。

東京オリンピックを体験したひとは、この2曲を聴くとあの日の感動が蘇り涙が出てくるのです。

 

第三部のドリルステージも特訓の成果が出ていて見事でした。今回広告でいろいろとお世話になった2年生Sさんは少女役の衣装もかわいらしく、はつらつと演じていました。

 

ワンステージだけ出演したチアのみなさんはさすがに圧倒的な存在感で、やはり応援部は吹奏楽団とリーダーとチアの三者、いずれも欠くことができないと思いました。

 

 

「祝50回 栄光のブラス!!」 

 

これは当日配布されたパンフレットに

 

掲載させていただいた当店からの祝辞です。       

    

応援部のみなさん 、これからも いつまでも 

 

変わらぬ応援をお願いします。

 

 

 

(「3つのオレンジへの恋の物語」 東京オリンピック関連ブログ)

    13/10/17  「東京オリンピック 河西昌枝さんが見た青い空」(改題)

    13/10/04    「聴けば泣いてしまう音楽~河西昌枝さんの目に涙」

 


2013-12-07 11:45:00

来る12月9日(月)はいよいよ早稲田大学応援部吹奏楽団の定期演奏会です。

 

神宮球場の早慶戦をはじめ、早稲田のスポーツや重要イベントでリーダーやチアを支え、

「紺碧の空」、「コンバットマーチ」など、早稲田の思い出の半分は応援部吹奏楽団が演奏

した曲の記憶である、といっても過言ではない、誇り高き楽団です。

 

特に今年は第50回という大きな節目の記念公演でもあります。

 

いつも応援部のみなさんにご利用いただいている「3つのオレンジへの恋」は、

今回ささやかではありますが、パンフレットに広告を出させていただきました。

私同様、少しボヤけた画面になりましたが、係の添田さん、大変ご苦労をおかけしました。

 

吹奏楽団のメンバーはこの日のために直前合宿をして猛練習をしたと聞いています。

演奏以外に繰り広げられる華麗なマーチングドリルも楽しみです。

 

さあ、「早稲田 栄光のブラス」が今年はどんなステージを見せてくれるでしょうか。

 


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