インフォメーション

2013-09-24 13:41:00

 

長かった大学の夏休みもようやく終わりを迎え、

「3つのオレンジへの恋」もきょうからまた営業いたします。

 

大学の會津八一記念館で7月からひと夏のあいだ開催されていた

「青いやきもの」展が先週で終わりました。

 

またもや終了間際、駆け足で一目だけ見ることができました。

絵画とも彫刻とも異なる、青や鶯色、白の上品な色合い、味わい、様式美は見ていて

飽きることがないように思いました。

 

一級品のもつ見事さは素人目にもわかりました。

もうかなり昔のことになりますが、

「しっとりとした重み、白や青の色が美しい陶器が好きで、見ていて心が落ち着くの」、

そう話していたひとに「フーン」と云っていた私は、いまになってその意味がわかりました。

 

「3つのオレンジへの恋」のオムライスは、食すれば目の前から消えてなくなります。

食品の運命(さだめ)で、姿かたちがのこることはありません。

せめて同時代を過ごした学生のみなさんの心の中で、

「あんな夢のようなオムライス、ほかになかったよね」と、語り継がれたいものです。

 

「3つのオレンジへの恋」のオムライス。

楽譜から再現し、構築された瞬間に消えてゆく音楽演奏のように

心のなかにしか残らないささやかな「芸術」。

 

 


2013-09-13 15:30:00

大学はまだまだ夏休みモードが続きます。

先日、目の前の小野梓記念館一階のギャラりーで「抽象画個展」が開かれていました。

 

たまたま私がギャラりーの前を通りかかると、会場のなかでは、役者と思われる女性が

絵画と一体となるかのように自由なポーズで、ときには床に横たわって、ときには絵画と

対決するかのように向かい会い、ときには幽閉されて放心した姫君のように床に座った

まま、窓ガラスに顔をつけて外を見つめている・・・。

 

パントマイムというのか、自由な演劇表現なのか、白塗りメイクの顔の「女優」はを無言で

ゆっくりとしたパフォーマンスを繰り広げて、絵画展の会場のなかに一種独特な「世界」を

つくり出していました。

 

私は外からごく短い瞬間、「立ち見」しただけでしたが、彼女の動く造型の迫力は

何かを訴えてときに狂おしく、ときに妖しくかなりのエネルギーを発散していた。

 

抽象画とのこのコラボレーション演技を、立ち止まって外から見ていてよいものか、

中で拝見させていただかないと失礼に当たるのか、「正体」を訊いてみようと思って

いるちに、残念ながら個展は終わってしまいました。

 

「3つのオレンジへの恋」の方は

まことに申し訳ありませんが

8月14日(土)~23日(月)まで 臨時でお休み させていただきます。

 

大学の授業開始の週、9月24日(火)より営業いたしますので、

よろしくお願い申し上げます。

 

 


2013-09-11 16:10:00

9月に入りさすがに少なくなりましたが、熱い夏の名残か、セミの声はまだ聞こえています。

しかし、今年はツバメの姿をついに見かけなかったような気がします。

多くはないが蝶は見ましたが、トンボも少なくなりました。

一方で、たくましく生きるコウモリの飛ぶ姿を見かけます。

 

早稲田大学界隈では元早稲田実業高校、現「研究開発センタ-」校舎の解体工事が始まり

ました。早実高校生だった王貞治選手が通い、早稲田の長い歴史の一角を刻んだこの校舎。

 

私は、4年間続いた戦後ベビーブーム最後の年の昭和24年生まれ。

史上最多となった受験者数は毎年増え続け、年ごとに更新されてゆく競争倍率に今更

驚くことはありませんでしたが、学園闘争のあおりで東大の入試が中止となったことで、

早稲田の受験者数増加と難易度アップに一層の拍車がかかった年がありました。

 

もはや受験は「競争」ではなく、「戦争」だ!。

「受験戦争」という言葉ができ、定着したのもこの時代だと思います。

 

試験会場は大学の教室だけでは足りず、早実の教室まで動員されました、

昭和44年、私が法学部を受験した時の試験会場がこの早実高でした。

 

もし合格しなければ自分の高校とさして変わらない教室・・・とても寒い日でストーブが

1台・・・コートを着たままで、寒々としていたその教室での大学受験はいやだと思いましたが

如何ともしがたい。

 

幸いに合格し、いまは大学の施設となっているその校舎と、自分が通った法学部の校舎とを

結ぶ街路・・・個人的には大変意味のある路・・・の傍で偶然に「3つのオレンジへの恋」を構えた

ことは、その場所を借りることとなったのには、自分の力の及ばない何かの力が働いているように

思えました。

 

 

2002年に店を構えて早や11年。

その間に当時の、思い出の法学部の校舎は取り壊されて、往時の面影を残しながら現在の

校舎に生まれ変わりました。

 

長らく、店の前で古びた工事用の仮囲い、万年塀に囲まれていた旧第一学生館跡地には、

「早稲田大学建学の母」と称される偉人、小野梓を顕彰した小野梓記念館を収容している、

大学院法科研究所の校舎が建った。

 

そして店の正面から目をやれば、法科大学院校舎の解放通路の向こうに、小野梓胸像の

視線が見つめている大隈講堂前の広場と大銀杏を望むことができる。

 

いまはまだ緑の葉をいっぱいにつけた大銀杏の葉は、いながらにして季節の移ろいを知らせ

てくれます。

やがて今年もみごとに黄金色に葉を輝かせて、銀杏の実をつける季節がやってくるのです。

 

このあと、何年かの後に、早実高跡地にはどのような校舎が建つことであろうか。

 

 


1