インフォメーション

2012-06-26 12:27:00

 

(問題)

「3つのオレンジへの恋」では、可愛らしい二つ折りのランチョンマットが出されるが、

これを広げて使用すると店のオジさんに怒られる。

 

(正解)

NOです。

 

広げてもオジさんは怒りません。

マットは熱いお皿の底からテーブルを保護するために使用しています。

特に、熱々の石焼きのオムライス(注)の場合には、必要なのです。

 

限られたテーブルスペースをコンパクトに使用していただきたいことや,

マットを広げた場合、端が引きずられてお皿やグラスが滑り落ちる恐れがあるので、

広げないようにさせていただいています。

オジさんは怒りませんが、「広げないで」とお願いするかもしれません。

広げないのが正しい使用法で、広げていない方は「通」の方です。

 

 

(注)

石焼のオムライスは冬季限定です。

温める時間と手間がかかるため、混雑時にはできないことがあります。

これをご存知の方も通です。

 

P、S、

昨日からHPが回復いたしました。

これまで同様ご愛読のほどよろしくお願いいたします。

 

明日30日(土)と7月7日(土)は都合により 臨時のお休み となります。

 

 

 


2012-06-20 00:00:00

 

昨日は台風4号の影響で荒れ模様となった早稲田界隈です。

大隈講堂が、灰色の混ざった薄水色の空と、低い雲を背景にそびえていました。

「3つのオレンジへの恋」店内に展示している、

大隈講堂と樹木を描いた絵の色調とそっくりでした。

見慣れた大隈講堂を珍しい方向から描いたこの絵は人気の高い作品です。

 

描いたのは中喜一さん。

中さんがこの絵を描いた日は、まさか台風の来た日ではないと思いますが、

この絵には、空気の湿り気、湿度を感じさせるものが。

梅雨どきだったのでしょうか。

 

来店される多くのひとの目を和ませてくれる作者の中さんは、

数年前にお亡くなりになったとお聞きしていますが、

その作品は今なお、店内で多くの人の心を癒しています。

 

中さんが愛し、描きためた早稲田の景色。

一寸した偶然の力もあって、

中さんと早稲田大学生協のご好意により、展示させていただいているのです。

 

できることなら、絵の一枚一枚について、その思いをお聞きしたかったが、

中さんの遺産は、今はただ黙って静かに語りかけてくるだけです。

 

 (お知らせ)

6月23日(土)、30日(土)、7月7日(土)は臨時のお休みです。

 

 

 


2012-06-16 14:00:00

 

山口百恵さんを始めとして、多くのスター歌手の産みの親である、

元ソニーレコードの敏腕大物プロデューサーだった酒井政利さんが言っていた。

 

デビューする前、テレビ局側から百恵さんに是非会ってみてほしいと言われて、

控え室のいすに座っている百恵さんを、酒井さんは初めて目にしたそうです。

そのときの百恵さんにはまだ特別な存在感はなく、口数も少なかったが、

ただ、自分が母親や家族を支えるのだという、強い決意が伺えたとのことでした。

 

しかし、同期の森昌子さんや桜田淳子さんのようには、個性がハッキリしている

わけでなく、どんな方向で行けばよいのか、酒井さんはなかなか答えが出せずにいた。

だが、酒井さんは百恵さんの顔や表情を見ているうちに、この子を何とかしてあげたいという、

強い思いにとらわれたというのです。

それで酒井さんの気持ちが固まったのでした。

 

百恵さんの「存在感」については、私が商社マン時代に通っていた六本木の

レストランパブのママさんから聞いたことがあります。

すでにスター歌手だった百恵さんが、スタッフらと一緒に見えたが、

店内では特別目立つこともなく、気が付かないくらいひっそりとされていたそうです。

 

家族への強い愛と、周りのひとにこのひとのために何とかしてあげたい、と思わせる力。

 

山口百恵さんという、不世出の大スターと比べるつもりは毛頭ありませんが、

私が「3つのオレンジへの恋」を立ち上げる前に、多くの人と出会い、有形、無形の力を

貸していただくことができました。

 

創業やパソコンのセミナーで出会った受講生の仲間たちや先生方、レストラン開業書の著者、

コンサルタントや出版関係の方々、フードコーディネート・スクールの先生方、

そして早稲田の教授や商店会の役員の方々等々。

我ながら実に多くのひとと出会い、交流してきたものだと、今は思います。

会社の肩書きがなければ、ただのオジさんに過ぎない私を、何とか助けてあげよう

という力が少しは働いたのでしょうか。

 

それらの人達は組織を離れて「孤独」だった私を、どんなに勇気付けてくれたことか。

それは、かつて私が所属した商社の世界とは全く異質な、優しい世界でした。

駆け引きも腹の探り合いも必要ありませんでした。

 

以前参加した、創業セミナーでは、ギブアンドテイクの精神が必要だ、

テイクは考えずともかくギブだ、といわれました。

実際にそうであるとは思うが、さらに言えば百恵さんのようにこのひとを何とかしてあげよう、

という気にさせる何かは必要だと思います。

それはひたむきで、一生懸命に生きようとする姿勢であるかもしれません。

 

私は、不器用で、気の利いた愛想のひとつも言えず、軽く人見知りしながらも、

自然にいろいろなひととの出会いができ、コミュニケーションがとれてきたのは、

幼い頃からおねェまといっしょになって、

毎日、おねえまの素敵な友達、その多くは女の子だった、に出会えて、

仲良くできていたからではないかと思っています。

人懐こいおねぇまは、良いひととの出会いは楽しいと教えてくれたのです。

 

 


2012-06-12 00:00:00

 

「苦しくなったら、楽しかったこどものときのことを思い出してね」。

それが精一杯でした。

重篤な病に見舞われ病床に伏す大切なひとに、私がやっと言えた言葉は。

 

そのひとがいなくなった今でも、その言葉を想起すれば、二人が幼く若かった幸福な日々に

誘われ、思い出はつかの間、私を優しく慰めてくれるのです。

しかし、すぐに、楽しかったその思い出を話し合う相手はもういないのだという、

恐ろしいほどの寂しさ、現実に引きもどされ、あらためて、深い悲しみにくれるのでした。

 

私は、自分の記憶をおぼろげに辿れるのは 幼稚園に入る1年前くらい前、4歳くらいから

ではないかと、これまでずっと思っていました。

 

しかし、「原始の記憶」の記憶を呼び戻すと、赤ん坊で寝たままで動けないでいたころ、

目は見えないが、自分の回りで人の笑い声や話し声が聞こえていたように思いました、

賑やかな女性の声のようでした。

 

母はもの静かな性格なので、賑やかだったのは父の妹の二人の叔母たちであったろうと

思います。

声の中には、私には記憶がないままに終わった父の母親、おばあさんもいたことでしょう。

 

赤ん坊の私は、まだおとなもこどもも、男も女も区別がつきませんが、

目覚めるといつもそばにいて、いろいろと話しかけ、そして、時々いなくなるひとが

いました。

そのひとは遊びにいったり、ご飯を食べたり、いろいろと「用事」があったのでしょう。

そのひとがいてくれると嬉しい、いなくなると寂しい思いがしました。

 

やがて、そのひとが目の前に現れるのが朝だったと、思うようになりました。

朝の光が明るく部屋に差し込んでいるので、「時間」が分ったのではないかと思います。

また「一日」いっしょにいられる。

 

少しずつ視界が開けてきた私は、目の前に小さな女の子を認識しました。

おかっぱ頭で可愛いくて、全身から優しさと善意があふれ出ていました。

 

時間が経過して、何時の間にか歩きまわれるようになった私は、

その女の子と一日中いっしょでした。

毎日が愛と希望と喜びに満ちていました。

 

 

(お詫び)

昨日は都合により臨時でお休みをさせていただきました。

足をお運びいただき、入れなかった方にはお詫び申しあげます。

 

  


2012-06-08 12:06:00

 

「3つのオレンジへの恋」をよくご利用くださるお客様でも、かつてピザがメニューに

入っていたことを知るひとは少ないでしょう。

もし、「3つのオレンジへの恋」の検定試験があれば2級くらいのレベルです。

 

開店から2~3年ほどの間、当店ではピザを出していました。

シーフードとマルガリータの2種類で、どちらも人気でしたが、特にマルガリータは

本場イタリア人女性の先生のお気に入りでした。

 

日本人のあるご婦人からは「3つのオレンジへの恋」のピザは、食べた後のゲップも美味しい

といわれました。

 

これって、結構本質をついていると思います。

食べたときにはそれなりだと思っても、生理現象であとから来るゲップは正直です。

美味しいと思ったのは何だったのか、厚化粧をしていたのではないかと。

食べたことを後悔してもどうすることもできません。

 

評判のよかったピザでしたが、限られた昼休みの時間、注文を受けてから

ピザソースを塗りトッピングをして、焼きあがるには、時間がかかりすぎました。

オムライスのほうにも支障が出るため、結局メニューから外すことになったのです。

 

 


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