インフォメーション

2012-04-28 14:38:00

 

商工会議所新宿支部が創立50周年を迎えました。

おめでとうございます。

昨日の記念講演会とお笑いライブに出席させていただきました。

 ライブには、今をときめくオリエンタルラジオとスリムクラブが出演。

 

オリラジのあっちゃんは学芸大附属高出身の先輩だと教えてくれたのは、

「3つのオレンジへの恋」目の前のロースクールに学ぶ女子学生でした。

テレビで見る以上にテンポよい、スピード感のあるパフォーマンスでした。

最後に迫力十分の「武勇伝」もひとつ。

 

「私は比較的いい専門学校を出ています」という、真栄田のスリムクラブは、

ネタなのかアドリブなのか、最後まで展開の読めない「スリルクラブ」でハラハラしました。

やや唐突の幕切れで、あの独特の間のパフォーマンス、もう少し長く見たかった。

 

終わったあとに、知人と軽く「打ち上げ」に行きました。

先日行ってきた、「井の頭公園の歌姫 あさみちゆき」さんの10周年コンサートが

とてもよかったことを話していたとき、途中で「あさみち」が泣いていた姿が浮かんできて

私は何度も言葉に詰まってしまいました。

 

「あさみち ゆきさん」。

この10年、言い尽くせないくらい、いろいろあったんだよね。

 

私の10年も、いっぱい、いっぱいあったんだ。

 

 

 (お知らせ)

   連休明けの 5月7日(月) より営業いたします。

 

 


2012-04-23 11:34:00

 

申し訳ありませんが 

4月27日(金)~5月6日(日)までの期間は

お休みとさせていただきます。

 

連休前のご利用は 26日(木) までにお願いいたします。 

 

連休明けは 5月7日(月) より

営業いたしますので、何卒よろしくお願い申しあげます。


2012-04-20 00:00:00

10年前のオープン直後、4月の末か5月に入ったころだったと思います。

創業資金の一部を借り入れるべく手続きを行ないました。

窓口の銀行は新宿西口支店。

それまで私が勤務していた総合商社と同じグループの銀行で、会社在籍時には、

所属していた審査関連と不動産営業の両部門の関係で、何度もお邪魔した支店です。

 

支店に行くと、「いつもの」応接室に案内され、担当者を待ちました。

しばらくして、女子行員がコーヒを淹れに来てくれました。

商社時代には「お得意先の私」に当たり前であったこのコ-ヒーのサービスは、

そのときの私には予想外のもてなしでした。

もはや「対等の」会社の肩書きのない、スーツも着ず、ネクタイもしてはいない、

借り入れの手続きに訪れた、一個人事業主にコーヒーが出てくるとは思わなかったのです。

 

「あるひと」を信用し、勧められたオムライスの店。

言われるままに、信じられぬほどの短期間で行った器具備品購入等のもろもろの準備作業。

ファサードから内装まで、全面大改装の工事も突貫。

全くといっていいほど事前のトレーニングなしで、運営態勢も整わないままにオープンした。

 

2002年4月10日。

開店前からろくに寝る間もなく、ぶっつけ本番の開店後の日々は、まるで疾風怒涛、嵐だった。

開店日の朝に届いたレジ機は使用法もわからない。

 

昼休み、開店チラシも打たないのに待ちかねて殺到するお客様。

まるで鬼のように見えた。

店の中は、必要以上にそろえたアルバイトやパート、特別に頼んだ飲食店勤務の助っ人、

妻の友人のヘルプ等で10人はいた。勿論、みんな人件費がかかっている。

 

店側の人間でだけで広くはない店内があふれかえった。

それでいながら、40席のお客に満足な応対ができない。

待たせたあげくに、、オムライスはおろか、ドリンクだけの注文の品さえ出せずに戻るひともいた。

チェ-ン店で十分経験を積んだひとでも、飲食店の新規オープンが大変なのだが、

この場合次元が違った。

適切な指導もアドバイスもしなかった「あるひと」への怒りが爆発しそうになった。

「そのひと」は、開店日にいっぱい来てよかったですねとご機嫌だった。

完全に開店不合格である!

 

実はこんなにお粗末な開店さえ、有効なアドバイスをしてくれる方が開店日直前に、

奇跡的に現れて助けていただいたから、ギリギリできたことだったのです。

何回も引き延ばした開店予定日、もうこれ以上延ばせないが、まったく態勢が整わない。

1週間、いっそ1ヶ月ずらそうか?

悩み抜いた夜遅く、やってきた助っ人がプロのコックとともに現れたとき、

店の柔らかな照明のなかで本当に神のように見えたのでした

 

私は、会社時代の経験からかなりのことには耐えられると思っていたが、

「あるひと」の無責任さは何なくその限度を超える異常さで、過度の疲労のなか、

判断力も感情も失われていきました。

 

開店当時は夜9時までの営業で、長い長い一日が終わり、日付が変わった深夜、

距離的にそう遠くはない帰路、車を運転していて、赤信号待ちのほんの短い時間にも

睡魔が襲ってきた。。

 

大きな資金を投下して、自分は一体何をしようとしているんだ!。

真面目ではあるが、友好的でない女子従業員一人を抱えこの先大丈夫なのか!、

無理が重なり完全に過労状態となった妻まで巻き込んで!。

私自身も、高校時代の同級生だった医師に頭部の変調について相談した。

 

動くのを止めると死んでしまう、生き物のように動き始めてしまったこの店。

もう止めることはできない、

前に進むしかない。

不安と後悔の念が交錯しました。

 

会社員だった時代に度々訪れたその銀行。

親しかった当時の支店長、行員たちはもういないが、見慣れだ部屋のソファーで

コーヒーを一口飲んだときに、ハラハラと流れ出た涙が頬を伝った。

 

暫くして部屋に入ってきた、まだ30歳の手前かと思われる若々しい行員の姿が滲んだ。

私は会社時代にこをよく訪問したことや、お世話になったことを述べたあと、

初期としては高額の借り入れ手続きは順調に進んだ。

 

あれから10年たった現在、とんでもない大人数がいた店側の人間は、ふだんは私と妻の二人。

繁忙期や混雑の時間帯でも、

よく働く気立てのよい女子学生のアルバイトがわずかに一人入るだけである。

 

 

 (注) これはフィクション、創作小説で、特定の人物を描いたものではありません。

    小説は不連続に続きます。

    これまでのHPや、リンクしているブログ「3つのオレンジへの恋の物語」も

    小説と一体の仲間です。

    是非、あわせてご覧ください。

    


2012-04-19 15:08:00

今月は「3つのオレンジへの恋」が誕生して満10年。

お客様の歓声、美味しいの声に支えられてやってきました。

それまでのサラリーマン人生からは何の関係も、経験もなかったこの仕事。

 

世の中に少しでも明るい光を、優しさを、癒しをとの思いから始めました。

自分の力で、ゼロ、マイナスの状態から切り拓いた世界です。

知らなかった多くのひとたちとの出会いがありました。

ごく一部、とんでもない人間にも出くわした。

 

開店2~3年目には、TBSテレビの看板番組「王様のブランチ」からテレビ初取材を受け、

インタビューや撮影が入りました。

 

インタビューの際にときどきカメラを見てしまうと、「カメラは見ないでください」と注意。

それでもスタッフからは慣れていますね、これまで何度も取材があったのですかと

いわれましたが、そのときテレビ取材は全く初めて。結構、緊張していました。

 

ところが、そのときの取材テーマが、第二の人生で料理の修行を積んで開業したひとの

ストーリーであったため、ぶっつけ本番で始めた我が「3つのオレンジへの恋」は、

結局ボツになり幻の番組となってしまいました。

こちらのほうが、よほど大変でドラマがあったのにと、クスンでした。

 

しかしその後、団塊世代の定年後が話題になった時期に、多くの新聞やテレビ、週刊誌等で

私の第二の人生を取り上げていただく幸運に恵まれました。

在京局意外にも、わざわざ関西のテレビ局にお出でいただいたこともありました。

開業するときには、せっかく始めるのだから、せめてテレビや新聞に一度は

取り上げて欲しいものだと思ったことがあります。

十二分に叶えられたといっていいでしょう。

 

学生時代には、自分もいつか「早稲田学報」に文章を載せたいと思ったが、

一介の凡庸なサラーリーマンだった自分は、当然無理だろうと思っていました。

それがなんと「学報」に、2回も、「オムライス奮闘記」の拙稿が掲載されたのです

「早稲田ウイークリー」にも、アルバイトの女子学生とともに載せていただきました。

 

最近のテレビでは、CSテレビ朝日のミニ番組「やじくぼ散歩」。

今年の2月、矢島悠子さんと久保田直子さんの人気女子アナウンサー

お二人がお見えになりました。

オムライスをご機嫌で召し上がり、放送には入ってませんでしたが

噂のクレームブリュレも堪能されて、大いに喜んでいただきました。

その番組は5分ほどの短いものですが、「ちい散歩」の妹分にあたるそうで、

やじくぼ両アナの楽しい会話と魅力にあふれる、とてもよい内容でした。

是非地上波で放送して欲しい!。

 

思えば、開店当時、まだ慣れないで必死のころ、卒業式に来られた父兄からは店を

見下したような態度をされたことがありました。

 

しかし、もう何年前からか。

卒業式や入学式で、全国から見えるお客様の姿勢に変化が見られるようになりました。

この店への愛情や共感、期待が伺えるのです。

自分たちの汗と涙の努力や経験もあると思いますが、

テレビや新聞等に取り上げていただいたことが大きいと思います、

 

「私、ここに住みたい!」

ある女子学生の言葉です。

一体、どのようにしてこれほど愛される店ができたのでしょうか。

 


2012-04-14 14:56:00

 

私がサラリーマンをやめて「3つのオレンジへの恋」を立ち上げるまえ、あるパソコン講座に通いました。

PR用のHP作成を勉強しようと。

インストラクターの若い女性二人は、ともに清潔感のある大変に可愛らしい方で、好感度抜群。

おじさんもおばさんも、お兄さんもお姉さんも、受講生は彼女たちに会えるのが楽しみに通った

といっていいくらいでした。

 

クラスの中に、元気でにぎやかなおじさんが一人。

そこに鋭く突っこんでのやりとりが可笑しくて、教室中を笑い和ませる女性がいました。

Fさんという、真面目な、大人の魅力を感じさせる方です。

そのFさんと、にぎやかなおじさんの二人により楽しいクラスとなり、講座が終わった後も

有志の交流が続きました。

可愛い先生2人をお招きして、当店で楽しく食事会をしたこともよい思い出です。

 

Fさんからは、毎年4月10日になると必ず電話をいただきます。

「開店記念日ですね。おめでとうございます」。

 

今年は連絡がなく一寸心配になりましたが、今日、元気なお声で電話をいただき一安心。

ご家族の介護に追われているとのことで、私も母の介護を体験しましたのでご事情はよく分ります。

 

Fさんは、以前はお一人で、ときにはお友達とお見えになり、この店に特別な思いを寄せていただきました。

私が会社をやめてから出会った中でも、これほど思っていただける方はそう多くはありません。

大変に有難いことで、幸せものだと思っています。

 

あのときのHP講座の内容は、開店以来の慣れない重労働に追われて、

パソコンに触れることもないままに、すっかり忘れてしまったのですが、

あらたに出会ったひとたちの援けにより、このHPやブログが立ち上がりました。

 

多くの方に支えられて、「3つのオレンジへの恋」も10歳になりました。

 

多くの方の喜びになれれば幸いです。

 


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