インフォメーション
2011-10-19 00:01:00
詩人、三好達治は昭和39年に急逝する1年前、
「おれは俳人になったらよかったかも知れない。」
友人の石川 淳に、ぽつりとそういったそうです。
それ以上その話をする機会がないまま、三好達治は亡くなってしまった。
三好達治と俳句に「かかわり」があったとは、嬉しい気がします。
もし、三好が俳句を作ったらどんな作風になったのか。
その念頭には芭蕉の存在もあったことでしょう。
歴史の「もし」がまたひとつ。
三好の年譜によると、三好は昭和24年から亡くなるまで、世田谷区の代田1丁目で間借り生活をしていたそうだ。
私が少年時代に住んだ町、ほんの15分も歩けば、三好の散歩姿を見かけていたかもしれなかった。
日本人が、戦後最大のできごととして記憶している、
昭和39年の東京オリンピックの年に、
この大詩人は独居している自宅で、狭心症を発病、
半年後の10月に開催されたオリンピックを見ることなく、
4月5日に逝去しました。
享年63歳7ヶ月。
三好が代田に移り住んだその年に、私は生まれ、少年期を「隣まち」で過ごしていた。
最近になって、三好の本を見直すまで、そんなことは何も知らずに、
偶然に三好達治を俳句と並べて書いたことや、
三好が住んだ同じ時期に、同じエリアに住んでいた、私の少年期。
こじつけ気味ではありますが、この孤高の詩人と
「かかわり」があったかと思うと、ふと、嬉しい気に。
それにしても、三好達治が東京オリンピックを見られなかったのは、本当にもったいなかった。
この詩人による、オリンピックを讃える詩や文を見たかったと思うのは・・・・。
そして幻の俳句。
(お知らせ)
10月22日(土) は 申し訳ありませんが、臨時で お休み させていただきます。