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2017-06-02 15:25:00

久しぶりに顔を見せてくれた男性Nさんは、アルコールが入ると「わけアリ」になった商社時代の先輩の「ご学友」です。Nさんの方は、アルコールが入っても「わけアリ」にはなりません。

 

NさんがゼネコンH社に勤めていたとお聞きし、またH社での名簿作成の話が出たので、ある女性の名前が載っていないか、調べていただくようお願いしました。学生時代の英会話教室で一緒だった方で、青山の本社で受付をしていた彼女を、友人と「表敬訪問」したこともありました。最近、受付嬢を置く会社を見ることはまずありませんが、会社の大事な「顔」でした。

 

当時の女性は在職期間の短いケースが多く、その名簿作成時にはもういなかったかもしれませんが、一足先輩たちの職場姿を垣間見たのは、学生時代の懐かしい思い出です。

 

様々な年齢・職種の社会人と学生らが集ったその英会話教室は、いつも和気あいあいで、アフタースクールのお茶会も楽しみでした。

H社受付をしていた彼女を、英会話教室の若い外人男性講師が「ファン=好き」になり、私と、もう一人の男子学生とで有形無形の協力を惜しみませんでした。お茶会の後には、お茶の水駅近くの彼女の自宅まで、その外人講師に「付き合って」一緒に送っていったり、グループでスキーツアーに行った楽しい思い出も。男子学生の下宿に泊まり込んでは一緒にお酒を飲んだ、南アから来たあの講師は今どこにいることだろう・・・。

 

Nさんを知ってから10年以上たつと思いますが、実は、戦前の代表的な航空機メーカーN飛行機の一族だと、初めて教えてくれたのは、最近テレビで、この会社や、群馬県太田の「本家」の大邸宅が紹介されたことが理由のようです。

 

太平洋戦争時の戦闘機や艦船のファンだった私は、Nさんが話すその番組を「見たかった」と思い、途中から「いや たしかに見たぞ!」に。

 

冒頭部分こそ見逃しましたが、チャンネルを切り変えたとき、画面はハワイ真珠湾攻撃の映像で、お馴染の「零戦」や「97式艦上攻撃機」の雄姿が映っていました。

 

Nさんから話を聞いて、私が店の奥から出してきたのは、購入しておいた日本海軍の傑作機「紫電改」のダイキャストモデルです。外装のケース箱には、”日本海軍最後の荒鷲” 局地戦闘機 川西(機体メーカー)「紫電改」と記載され、「誉」というN社製高性能エンジンを搭載していました。

 

その「紫電改」が登場し、三船敏郎さんや加山雄三さんが出演した東宝映画「太平洋の翼」(1963年)を見たときには、特撮の航空機の場面になるとワクワクしたものです。

当然NさんはN飛行機の「作品」はよくご存じかと思っていたが、スピットファイヤーに似ている「飛燕」の名もすぐには浮かばないようで、プラモ作りや雑誌「丸」を愛読していた私の方が詳しいようでした。

 

━━私が小学生だった頃、若き日の三遊亭小金馬さん司会による「陸と海と空」というテレビ番組がありました。プラモデルメーカーの「マルサン社」がスポンサーで、小金馬さんが解説し同社製品を紹介するのです。「紫電」の後継機「紫電改」を取り上げたときに強調していた高性能さと、特徴のある機名と、零戦に比べややずんぐりとした機体が印象に残っています━━。

 

この日、チャンネル切替え時の、真珠湾攻撃映像のナレーションは、戦況や戦果よりも、「N」というメーカー名、軍用機やエンジン性能の優秀さが強調され、すわ!航空機にスポットを当てた番組かと期待したのですが、画面はN家の家屋やご一族の映像に変わりました。

 

それは「昭和の名家」(シリーズ)という番組で、たまたまこの日は「N家」についてだったのです。

日本が誇る航空機やエンジンのメーカーであったNさんのご本家について、何とか拝見できました。再放送があれば、今度は最初からじっくりと拝見したいものです。

 

日本が敗けなければ、N飛行機は世界的な一大航空機メーカーになっていたはず・・・。