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2017-05-04 15:44:00

新学期が始まったと思ったら、すぐにゴールデンウイークの連休がやってきました。

「3つのオレンジへの恋」は8日から営業開始です。

 

「好客万来」の「3つのオレンジへの恋」。

 

先日は元早稲田大学女子バスケット部で、今は私立の名門女子大学に勤めておられる女性、Sさんがやってきてくれました。

先日、チアリーダーだったAさんの結婚式2次会でお会いしたときには、どこかでお会いしたことがある、誰かに似ているのかとも思いました。

 

この日、あらためて訊いてみると、女子バレーボールの木村沙織さんに似ていると言われるそうで、お化粧しなくても可愛いいところ、ちょっと素朴感があって好感のもてるところ、全体のイメージ・・・私もそうだと思いました。

 

Sさんの在籍中に、全日本大学選手権で優勝したそうですが、箱根駅伝、六大学野球、ラグビーなど「早稲田の顔」の種目に比べ、とりあげられ方が少ないのは惜しいことです。

 

 「3つのオレンジへの恋」では、「早稲田大学スポーツ新聞」が撮影したスポーツ写真を飾っていますが、次回は絶対に「女子バスケ」の写真も展示させていただきます。

 

 

同じ日、制服もま新らしい早稲田中学の男子五人組がやってきました。

その一人は、各テーブルの「交換ノート」にしきりに目を通していました。

 

入試の日、父親とやってきて、「明日は合格発表、合格したらまた食べに来ます!」と書いていました。当方の手違いにより、このノートを「引き上げてしまっていた」ので、見つけられなかったのです。

彼もほかの4人も初々しく、礼儀正しくて感心しました。

今度来たら、この「合格祈念ノート」と是非「再会」してください。

 

 

一方、日頃、その調査力・論評に敬服している秦 郁彦さんが、読売新聞「時代の証言者」に連載中の記事の中で、氏が編纂された「日本近現代人物履歴事典」掲載3000人のうち、わずか二人について、その没年月日が不明だと書かれていました。

 

一人は「例の事件」であまりにも有名な「阿部定」で、秦野さんは学生時代に、浅草の居酒屋で仲居をしていた本人に会ったことがあるそうです。「事件」がとりあげられるときには、美人であったと、つねに語られますが、秦さんの感想はどんなだったことでしょう。

社会世相に大きな衝撃を与えたこの女性の没年が、今も不明であるとは意外なことでした。

 

 

不明のもう一人が、「KDD事件」で当時大きな問題となった「板倉さん(仮名)」でした。

実は「板倉さん」は私の父の郵政省時代の上司だったので、私は二度お会いしていたのです。

 

最初は、父が仙台郵政局に単身赴任していたときで、中学の夏休みに父の職場を訪問し、東北六県を管轄する「局長」に、ご挨拶させていただきました。

そのとき「板倉さん」は、私の父のことを、「心臓に毛が生えている」と評してくれました。

私は中学生の若造ではありましたが、相好をくずされていた氏の表情から、父は男として最上のお褒めの言葉を頂いたのだと思いました。

 

二度目は私の就職活動のときのことで、父の薦めで、KDD 国際電電の副社長になられていた「板倉さん」のところにご挨拶に行ったのです。

幸か不幸かKDDにはご縁がなく、私は総合商社に勤めましたが、その6~7年後、「KDD事件」という、日本中を驚かせた一大汚職事件が発覚し、社長になっていた「板倉さん」は失脚、最高裁でも有罪判決(執行猶予)が出て、お辛い晩年を送られたのではとお察しします。

 

ある日、テレビニュースや新聞が「板倉さん」死去を伝えたとき、「KDD事件」のこともあらためて報じられました。奥様が逝去された際にも、「事件」とともに報道されたはずで、これだけの「公人」の没年月日が不詳であることに少々驚きました。

秦さんによれば、「個人情報保護法」により公的情報がほとんど使えなくなったそうで、いろいろ考えさせられます。

 

「高文組」ではなかったものの、周囲から慕われ、誠実に職務を勤めあげた父の名が載る「元郵政部在職幹部名簿」には、「板倉さん」の輝かしい経歴が掲載されていましたが、掲載者全員、「死没」についての記載はないようです。もし秦さんがこの資料を必要とされるなら、ご協力させていただこうと考えていますが、「読売」の今回の記事で、既に反響・手がかりがあったのではないかと思っています。

 

新しいできごと、過去から蘇ってきたこと、「3つのオレンジへの恋」は本当に「千客万来」です。