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2016-07-14 14:37:00

30代の男性から、いつからやっているのと訊かれました。
早実~早稲田のOBだそうで、久々に社会人として学びに来たのだと。

「3つのオレンジへの恋」が2002年にオープンしたとき、王選手も通った校舎は店のすぐ近くにあって、大学の教室として使用されていたが、早実高はすでに移転していました。

それでも「ハンカチ王子」斎藤君が甲子園で優勝した日、偶々インタビューを受け「地元早稲田」商店街の私と、近くの衣料品店のおばさまのコメント映像が、夜7時のNHKテレビニュースで放送されました。私は、斎藤君の熱投に「とんでもないことをやってくれました」と絶賛したのですが、その後のニュースではおばさまのコメントのみが繰り返し流されました。私は照れくさがりで、テレビに出たい願望はないが、「とんでもない」を否定的に悪く取る人がいたのだと思い、ちょっと残念でした。

久々といえば、昨夜の「ラジオ深夜便」で、往年の日本の歌手によるシャンソンを聴きました。
石井好子、高英夫、岸洋子、芦野宏、越路吹雪、そして可憐だった中原美沙緒。


美沙緒さんは、テレビドラマ「あんみつ姫」にも出演していてよく見ていたと、アンカーの石澤典夫アナウンサー。あの時代・・・昭和30年代・・・小学校から中学、高校にかけて、私の淡い思いにもつながる。

中原美沙緒さんは挿絵から抜け出したようで、品のよい声がまた可愛らしかった。お馴染の「河は呼んでいる」を懐かしく聴かせてもらった。

♪ 小さな庭を真ん中に━━━当時、初々しかった十朱幸代さんが出演し、すっかりお茶の間に定着していた人気番組「バス通り裏」の健康的な主題歌も中原美沙緒さんだった。

 

先日訃報が伝えられた永六輔さんは、「夢で会いましょう」など、この頃からテレビ・ラジオで大活躍だった。永さん、中村八大、大橋巨泉、野坂昭如、五木寛之・・・あのころ早稲田は中退しないと大物になれないと結構本気で伝えられていた。青島幸男や野末陳平は卒業したそうだが、早稲田がマスコミ、メディア界を席捲していた本当に凄い時代だった。

この日の「深夜便」のシャンソンは、日本語の歌詞がとくに心に沁みた。
カンツオーネと比べると、一見、脱力系のように思ってしまう曲を、こどものころは何気なく聴いていたが、この夜あらためて耳にして、みなさんの歌唱に舌を巻いてしまった。芦野宏さんの「サラダの歌」も、久々に楽しく聴かせていただいた。

睡眠のリズムがあって、「ラジオ深夜便」はなかなか定期的には聴けないが、たまにサイクルが合ったときに、素晴らしい贈り物がある。


(付記)

 この記事を書いたところ、週刊誌に「ハンカチ王子」の記事が載ったようで、「とんでもないこと」でなければよいのですが・・・。