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2016-04-23 14:23:00

「3つのオレンジへの恋」にとってお馴染の、教育学部4年のK子さんは将来小学校の先生になるそうです。

 

私自身は、学校の思い出は、やっぱりまずは小学校で、次に中学、高校と、進学の順番です。淡い思い出は少し入り組んでいるのですが・・・・。

 

先日、最後の「早慶レガッタ」を終えて顔を見せてくれたK子さんに、私は「やっぱり懐かしいのは小学校の先生だよ。小学校の先生でよかったね」と言いました。

 

小学校の先生は、幼い時期、文字通りの担任として、一日中一緒にいるからいっそう思いが深いのです。親のようなありがたい存在でもあります。

 

中学校もよい学校でしたが、先生個人の思い出まではなかなか書けないものです。

 

高校では黒羽清隆先生という、NHK教育TVの「高校日本史講座」で「全国区」になられた、人間的魅力にあふれる先生の、その思い出をいくつかのブログに綴りました。

 

もっとも印象が薄いのは申し訳ないが、早稲田大学法学部のときの語学クラスの担任でした。なかなか味のあるフランス語の教授で、ゼミ研究室の「弟子」にでもなれば違うのでしょうが、水の如しです。致し方ありません。

 

私たちの時代は大学紛争の名残で、新左翼系と民青系・・・私はノンポリでしたが、クラスは学生大会で支持する政治団体の違いで完全に二つに割れ、難しい人間の「好き嫌い」も加わって、貴重なクラスの仲間は限られたものになりました。「全学集会」に際し、最初にクラス討論会を開いてから「旗色」が鮮明になり、それまで普通に会話していたクラスメートとの間で、「フン!」と、新たな「壁」ができていったのです。

後々の交流、人脈の広がりを考えてもとても残念なことでした。当然クラス会などありません。

 

先日、文学部の同級生だったという熟年の男女17名ほどがお茶会に見えたのですが、圧倒的に多い女子と、3名ほどのおじさんの、そのクラスの仲の良さに私は羨望の念を禁じ得ませんでした。

 

みなさんは英文学科で、大学4年生だった昭和39年の東京オリンピックのとき、今は建て替えのために取り壊された、レスリング会場となった「記念会堂」で、ボランティアで通訳を担当したとのことでした。私にとっても最大の感動的な出来事であった東京オリンピックは、中学3年のときのことでした。

 

先生を目指しているK子さんは、ボート、漕艇部の選手です。

 

先日、「エンパクこども映画教室」の「オレンジチーム」で出会った女の子の一人・・・そのお父さんとお兄ちゃんがやってこられたとき・・・本人は残念ながら学校があって来られなかったのです・・・そのお父さんが漕艇部だったとお聞きしたので、もしやK子さんをご存じかとお聞きしたところ、知っていると・・・。

 

野球やラグビーなどに比べたら、大世帯ではないと思われる漕艇部なので、先輩後輩の関係が密なのかと思いましたが、さすがに年齢が離れている。どうやら漕艇部で作成した冊子にK子さんの写真、プロフィールが大きく載っていたからのようでした。

 

そのK子さんは、先週の「早慶レガッタ」に出場したのときの写真にサインを添えて置いていってくれました。

法学部で数年前に卒業していった女子、あかがわさんの可愛らしい作品とともに、店内に思い出が「かたち」で残るのはうれしいことです。

 

人気者であるK子さんの晴れ姿雄姿を見たかった、先週の「早慶レガッタ」でしたが、都合で行くことが出来ませんでした。

テレビの録画放送は今度の日曜のようですが、有料チャンネルだと、またもや見られないかもしれません。昔は地上波で放送していたものですが・・・。

 

当店目の前、27号館の植え込みのツツジが今を盛りと、今年も鮮やかに咲き誇っています。