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2011-04-14 14:43:00

「こんばんは。こんばんは。もうひとつこんばんわ」

もう40年以上前になります。月曜から土曜、深夜のTBSラジオに、こんな語りかけではじまる、品のよい、かわいいジャズ音楽の番組がありました。

 

その名は「麻梨子アラカルト」、珠玉の番組でした。

 

パーソナリティーは大村まり子さん、という素敵なお姉さまでした。

(まり子さんのお名前の漢字、40年の歳月で不たしかな記憶になっていましたが、このブログを読んだ方のご指摘で思い出しました)

 

いまのNHK「ラジオ深夜便」に通じる優しく包み込むような、麻梨子さんのトークでした。

オスカー・ピーターソン、ビル・エヴァンス、サラ・ボーン等毎回、麻梨子さんの解説と、やさくしきれいな英語の発音によってアーティストや曲名が紹介されました。

 

当時のラジオ東京、いまのTBSラジオの深夜放送、充実していました。

記憶違いかもしれませんが、たしか「夜の停車場」という番組。俳優、清水綋治さんの落ち着いた語りで、番組の始めと終わりに流れるテーマ曲は、歌詞はなく、歌手名もわからないが、透明な歌声の「スキャット」部分だけ。

 

後に、「幻の歌い手」は「由紀さおり」という名で、「夜明けのスキャット」という曲名と歌詞が付けられたこの曲でデビュー。

 

大ヒットしました。当時、高校生、受験生だった私は、ラジオで綺麗なスキャット部分に聞き入っていると、寂しくて、夜のしじまに自分が消え入ってしまいそうな気持ちになりました。

気が付くと空の果てに、自分はもういなくなっているのではないかという、恐怖感にすら襲われたものでした。

 

ほかにも青木小夜子さんの都会的センスのおしゃれなミニ番組や渋い日下武史さんの番組。「大物」大橋巨泉さんもいました。

私は高校に入ると、先生から、卒業生であった久米宏さんが深夜のラジオ番組で、「記念祭」等母校の伝統について熱く語っていると聞きました。

残念ながら久米さんは、私が深夜放送を聴き始めたときには、昼の時間帯に移られていました。

 

そして伝説の番組「パックインミュージック」金曜日 。

 

日替わりのパーソナリティー、当時はディスクジョッキーといっていたおひとり、永六輔さんもお元気で、「美人は生涯で1億円得する」説や、「鯨尺」使用禁止への抗議を熱く語っていました。

 

昭和42年から15年間続いた、毎週金曜日、野沢那智さんと白石冬美さん、「ナチチャココンビ」の「パックインミュージック」は、1週間が待ち遠しかったものです。

 

金曜日だけは、冒頭に流れる日産自動車CMの軽快なマーチが、いつもより長く感じられました。

前部席の三角窓がなくなった「日産ブルーバード」のスマートさが、当時は大きなセールスポイントでした。

受験生時代の私は、この番組で、ことばの並びがおもしろい「たかたか」と「まえたか」という群馬県の名門校の存在を知りました。

 

投書により日本中の高校生、予備校生が、ときには大学生も加わり「我が校こそは」「当地こそ」と、くだらぬことで競っていました。投書子「浦(裏?)船清十郎」は全国にその名をとどろかせていました。

このころ、、フォーククルセイダースの衝撃的な曲「帰って来たヨッパライ」や、爽やかな名曲「青年は荒野をめざす」等フォークのヒット曲に毎週のようにリクエストが入りました。

そのフォークルの加藤和彦さんも逝き、野沢那智さんも昨年72歳で亡くなられてしまいました。

 

95年に63歳でお亡くなりになった城達也さんのFM放送「ジェットストリーム」はムードにあふれ、まるで芸術品のようでした。いつもAMとどちらを聴こうかと悩まされたものです。

 

 DJの先駆者ロイ・ジェームスさん、糸井五郎さん、新進だった土居まさるさんもとうに亡く、スマートだった小島正雄さんも、キザなセリフの高崎一郎さんも、豪快なミッキー安川さんも逝かれ、黒メガネの怪人野末陳平さんは?・・・・・。

 

「ながら族」といわれた団塊世代、ベビーブーム世代と呼ばれたわれ等には寂しいはなしですが、みのもんたさんの活躍ぶりは驚異的(最近の出来事はざんねん)で、そのほかにも聞けば懐かしいDJの名前は一杯です。

 

アナウンサーなど、そのほとんどは「芸名」ではないのだが、DJやパーソナリティの、それぞれのお名前が我々リスナーに、特別な輝きを放っていました。

 

冒頭の大村麻梨子さんには、その番組が終了する最終週に、アイディア・コンペで選ばれた私を含むリスナー6人がTBSスタジオに招かれ、日替わりでひとりひとり出演させていただく栄誉に浴しました。

 

私は、麻梨子さんとの緊張のトークのあと、番組でよく流れた美しい曲「ピアニシモ」を生リクエストさせていただきました。最近は耳にしませんが女性歌手によるとても愛らしい曲です。

その後、麻梨子さんがアメリカに旅立つときには、そのメンバーで羽田空港にお見送りにゆき、御礼のお葉書をいただきました。こころやさしい、気さくなお姉さまでした。

 

赤坂のクラブで麻梨子さんと舟橋ディレクターのご相伴にあずかり、ジャズファンなら垂涎の前田憲男さんとご一緒の席に座らせていただいたのは、麻梨子さん渡米の見送りの日のことでしたか・・・。

 

麻梨子さん、私の怠慢によりやりとりしていた年賀状もいつしか途絶えてしまいました。

船橋ディレクターもお元気かなあ。おふたりにオムライス食べに来ていただきたいなあ。