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2018-05-07 15:29:00

いよいよ「3つのオレンジへの恋 号」は、最後の航海に向けて港を出たのです。
「5月11日港 金曜日の埠頭」に向けて━━。

優美なわが「オレンジ号」ですが、この16年余りの風雪に耐えたデッキや甲板には味わいや風格も備わってきました。それでも中島みゆきさんの「宙船」や、リヒャルト・ワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」の帆船のように、決してまだボロ船になったわけではありません

最後の航海の前には、高校や大学のクラス仲間が来て、「船室」の中で4時間も5時間も話し込みました。そんなに長く話したのは学生時代以来ではなかったろうか。高校美術部の、愛らしい先輩であった女子は、先のオープンキャンパスに続いて今度はひとりで、嬉しいお顔を見せてくれました。みんな「人生という航海」を一緒に旅した大切な仲間です。

68年という自身の人生を振り返ると、ひとくくりにあっという間であったということもできるが、この「16年間の航海」だけは「あっという間」というようなものでは決してなかった。

思えば、航海図も操作訓練も試運転もなしに、いきなり全力走行を始めたのが2002年の4月。
大きな嵐に遭遇して、マストの帆柱がへし折れそうになったり、舵を失いかけたことも度々だった。

もう後戻りはできない。
大きな不安を抱えながらの未知の海路でした。

何度も燃料切れを起こしそうになったとき、「3つのオレンジへの恋」号のエネルギーは、いつもゆく先々の港で、お客様からいただいた温かい言葉、幸せいっぱいの笑顔でした。

いま、最後の航海に向けて針路は設定されました。
あと僅か━━少しだけ安息の目的地にむかっているような気がする。

「船乗りシンドバッド」のように、魔人や恐ろしい怪物に出会うことももうないだろう。

 


2018-05-01 17:55:00

「3つのオレンジへの恋」の店じまいに、多くの方が駆けつけてくださいまして本当にありがたいことです。

まるで16年間のフィルムラッシュを見るようで、お見えになった皆様とのあふれる思い出やエピソード━━今となっては、このHPやブログに記録できたことは、自身を振り返るうえでも大変貴重な財産となりました。

 

文字通り手作りの一冊の絵本「わたし美術館」(同期の佐宗若奈さんとの共著)で、うれしいご縁ができ、去年卒業していった高橋瑞季さん。

高橋さんは、大学院に残った親友佐宗さんと、この春「3つのオレンジへの恋」にやってきてくれた後、再度岡山からの出張の際に、顔をみせてくれました。このとき、若いこの「絵本作家」に我々夫婦を「取材」されちゃったかな!。

「3つのオレンジへの恋」が、初めて親元を離れた彼女の支えに少しでもなれれば━━「わたし美術館」は、「似顔絵名人」の佐宗さんにお預けいたしませう。

 

取材と言えば、せっかく「3つのオレンジへの恋」に来られながら、そのときの「個人的な事情」で、自慢のオムライスを食べられなかったのが鳥居みゆきさんでした。

ラジオ文化放送「吉田照美 飛べ!サルバトール」の中のコーナーで、スタジオの吉田照美さん・室照美さんに「3つのオレンジへの恋」から、ライブで楽しいレポートを送ってくれたのです。

 

かねてより、雰囲気のある美人芸人 鳥居みゆきさんのファンであった私には、鳥居さんの出現は「天からのプレゼント」でした。このときの番組のお三方からは快くサイン色紙をいただきまして、ありがとうございました。

鳥居さんは、それまで勤めてきたその番組のレポート役を、このあと一回残すだけ。「ご褒美」として特製のオムライスを、そしてブリュレを召し上がっていただきたかったのですが・・・。

 

鳥居さんの事務所に連絡をとろうと思いつつも、「3つのオレンジへの恋」のエンディングが迫るなか。

 

店内に、お人柄そのものの、かわいらしい絵画作品を飾らせていただいている赤川菜緒さん(2011年法学部卒)には、大切な作品をお返ししなくてはなりません。

この記事を読まれた赤川さん、そのお友達の方がいらしたら、是非ご一報ください。

 

 

皐月・五月に入り、いよいよ「ファイナル カウントダウン」が始まってしまいました。

「3つのオレンジへの恋」の営業日は、本日1日と明日2日。

そして連休明けの7日から11日までとなりました。

 

 


2018-04-18 17:15:00

(速報)

明日26日(木)は臨時のお休みですのでご了承ください。

 

なお、4月末の閉店については、あまりの反響の大きさに、5月1日・2日の両日、追加営業の予定でしたが、惜しんでくださる多くの声に押されて、さらに5月11日まで営業いたすこといたしました。

 

 

(以下がHPの本文です)

 

「久米宏さんは30年にひとりの逸材である」

社内ではこう評されていたそうです。TBSの後輩で現フリーアナウンサーの生島ヒロシさんが語っていました。

久米さんは、私の出身校 東京都立大学付属高校の5期先輩にあたります。

 

私が社会人になってから、その久米さんのテレビトーク番組に、クラス(都高18期C組)の担任であった黒羽清隆先生がゲスト出演されると聞き、夜の放送時間までに何とか帰宅することができました。

当時は静岡大学教授で、歴史マンガを大学の教材に使用して話題になっていたのです。画の細部にいたるまで時代考証がなされ監修されたマンガは、情報量が豊かなりっぱな教材なのであると語る黒羽先生の持論を、久米さんは愉快そうに聞いておられました。

 

私が通った小学校と中学校はどちらも丘の上にありましたが、「都高・都立大付属」もまたそうなのでした。

高架上にある東横線の都立大学駅を降り、環状八号線の交差点を渡ると、高校まではバス通りの長い坂みちが待っていました。

 

小学校と中学につながる坂はこじんまりとした坂でしたが、高校に至る「八雲が丘」の上り坂は、ノンビリ屋で遅刻することが多かった私には、悪意を感じるほどつらくて長い坂みちでした。

教科書がいっぱい詰まった重いカバンを投げ捨てたらもっと早く走ってゆける、途方もなく広い校庭の南端にある土手と塀をよじ登ればショートカットできる・・・何度誘惑にかられたことだろう・・・漸くの思いで大学正門に辿りついても、駅から一番遠いところに建つ高校の校舎は、広いグラウンドの向こうに遥かに霞んでいるのです。

 

それでも、クラスや美術研究部の親しい友や女子と会話をしながらの帰り道には、この「絶望の坂」は、ほどよい長さの下りの小道となって・・・もっともっと長くてもいい・・・朝とはまったく別のやさしい顔を見せるのでした。

 

先日、高校の1年先輩の女子 荻村さん(仮名)が「3つのオレンジへの恋」に再びやってきてくれました。

 

「道産子です!」

愛らしいその先輩は、私が1年ときに都高の美術研究部の部室にやってきたのです。新しい部員の登場に、そこにいた誰もが「可愛い!」と思い、嬉しくなったはずです。

 

私は「どさんこ」という言葉にはまだ馴染みがなかったので、「ドサン!」という、ちょっと乱暴に思える言葉と、可憐であった荻村さんのイメージが結びつかないという、まとはずれな感想を抱いたことをいまでも覚えています。

 

美術部のほかの2年生の女子は、明らかに私たち同期の男子・女子とは違う、一種貫録があったものですが、荻村さんはまるで同期のように親しみやすく、初々しい方でした。

私は一浪のあと、1年遅れで荻村さん(教育学部)と同じ早稲田大学(法学部)に進みました。

 

━━おととしの早稲田大学ホームカミングデーの日、該当年次であった荻村さんは「3つのオレンジへの恋」を訪ねてくれたのです。

学生時代以来の何十年ぶりかの再会でしたが、お人柄そのままの荻村さんでした。

混雑する日のことで、ゆっくりお話もできませんでしたが、それ以上もう何も望めません。

あの荻村さんがお顔を見せてくれた!

 

そしておよそ1年半後の先日、土曜日の午後に突然ふたたび。

店を閉めることを知って、映画をごらんになったあとに、わざわざ立ち寄ってくれたのでした。

 

私は息子のローンの手続きで銀行に行く時間が迫っており、「トトロの森」まで帰る荻村さんの方も、暗くなってきた空と、夜は風雨が強くなり大荒れになるという予報に、お互い少し落ち着きませんでした。それでも懐かしい時間を再び共有することができたのです。

 

━━開業を模索していた時期、占いの知識・素養 のある若い女性から教えてもらったことがありました。私の固有の「ラッキーナンバーは3」で、「カラーはオレンンジ」であるとのことで、オペラのタイトルであった「三つ(3つ)のオレンジへの恋」を店名としたのです。

偶然にも私の両親と同郷の出身であったその彼女と、創業塾の教室で出会っていなければ、今も知らない「知識」であり、店名も違っていたかもしれません。

 

荻村さんを結び付けてくれた、この「3つのオレンジへの恋」と「早稲田」。

 

そして「早春の学び舎の転校生」。

 

私は小学校と中学で、それぞれ転校生であった女子二人との淡い思い出がありました。長らく高校では転校生はいなかったと思っていましたが、紛れもなく荻村さんは、私にとって「3人目の転校生」であったのです。

あるとき、ひとりの男子学生が「3つのオレンジへの恋」は”ジブリ映画“みたいだから好きだと言いました。萩村先輩は、「ハウルの動く城」の倍賞千恵子さんのようで、魔法がかかったように素敵でした。

 

いよいよ”最後の営業月“となる4月も中盤に入りました。

 

 


2018-04-04 19:16:00

4月は「3つのオレンジへの恋」にとって、最後の営業月になりますが、連日の「激務」から、

4月12日(木)はお休み

させていただきますのでご了承願います。

 

最後の「ヤマ」である入学式は何とか乗り切ろうと思っていたのでしたが・・・。

大変残念で、また申し訳なかったのは、当方の不手際で、三人の女性客が待ちきれず、気分を害されて帰られたことでした。

 

同じように大勢の方が殺到し、オーダーが集中する卒業式の3日間は何とか無難にこなしたのですが、入学式2日目のこのときは、来店・注文が一気に集中して、私が15分ほどと告げた待ち時間は、25分ほどになってしまったのでした。

「注文が伝わっていないのか」と厳しい言葉をいただきましたが、あとで家内に確認すると、20人連続(20番目)の注文で、このときまさに順番通りにお出しできるタイミングだったのです。

しかしもう時間がないからと、怒って帰られてしまいました。途中で、時間の余裕や緊急度を伺わなかった私のミスでした。

 

貴重な昼休みの時間・お食事の機会を奪ってしまいましたが、私も会社員時代に何度か同じ体験をしたことがあり、何とも不快な気分になったもので、自責の念にかられます。

この3人の方にはあらためてお詫び申し上げますが、気持ちはもう届くことはないかもしれません。

 

入学式・卒業式・早稲田祭・オープンキャンパスなど、「超戦闘モード」の日には、避けようとしても思わぬ「ミス」が出てしまうことがありました。

この日は、決してオーダー・注文の扱いや順番を間違えたわけではなかったのですが,状況を確認しお伝えする余裕もないまま、当店の歴史の最後の最後に、痛恨の極みとなりました。

 

泣いても笑っても、いよいよ「最後の4月」の幕は開いたのです。

 

食べ終わり 

喜び帰る新入生

「また来てね」とは

言えぬつらさ哉

 


2018-03-23 15:34:00

「さきほど来、楽屋には大勢の知人友人が、手にいっぱいのお土産をもってかけつけてくれています」

「ここでお客様にお知らせがあります。私のカバンにはなお若干の余裕があります」

 いまは懐かしい、林屋こん平さんのあいさつ ━━。

 

おかげさまで「3つのオレンジへの恋」が、オムライスの美味しいレストランとして地域・地区の「トップ3」や「8」「10」のよい位置にランクされ、高い評価・ご支持を頂けていることは、まことにありがたいことです。

 

さりながら、にもかかわらずなのですが、「3つのオレンジへの恋」が、この4月いっぱいで営業を終えると伝え聞いて、大勢の方がかけつけて惜しんでくださいました。

 

みなさまとお会いすると、月並みな言葉ですが、この16年間の走馬燈を見るかのようで、さながら年次を超えた小さなクラス会・同窓会のようでもあります。

長年、このようなよい方々・ご立派なみなさまに愛され、支えられてきたのだと思うと、ただただ感謝申し上げるしかありません。

 

お会いできて本当によかった!

 

いよいよ明日からは、「3つのオレンジへの恋」にとって早稲田大学最後の卒業式、そして続く、これも最後となる入学式です。

私は昭和48年(1973年)第一法学部卒ですが、今年は私にとって「二度目の早稲田卒業」になります。

 

困難と闘いながらの2002年4月の開店以来、多くのおもいでが私の心の中にあり、このHPやブログを始めてからは、かなりのことをそこに記録できたことは幸いでした。

そしていつも店内のテーブル上に置かれて、みなさんが心を込めて書きこまれた、おそらく100冊近い「こうかんノート」も、貴重な財産となりました。注文そっちのけでみなさんが夢中になり、楽しんでおられたのでした。

 

いよいよ「3つのオレンジへの恋 ~ 最終ステージ」が始まります。

どうぞ「とびきりの思い出」をおつくりになってください。

こんなレストラン、オムライス、ほかには絶対にないのですから━━。

 

(お願い)

4月1日の入学式の日、入り口に近いテーブルに座られた方で、広げていた新歓のチラシ類と一緒に、間違えて「交換ノート」(2冊とボールペン)を持って行かれた方はいらっしゃいませんか。

来店された方の生の貴重な声・記録ですので、戻していだけだれば、大変うれしくおもうのですが。

 

(追記)

入学式二日目の4月2日、大学は違うが近くに住んでいるという女子学生が、オムライスを食べにやってきてくれました。

このHPを読んで、「3つのオレンジへの恋」が4月いっぱいでその歴史を閉じることを知ってやってきてくれたのです。とても美味しかったと━━よかった!。

 

オムライスじゃなくパスタが食べたいとグズっていた男の子は、「美味しいよ」という私の言葉にひかれて、ママからデミハヤシオムのおすそ分けをしてもらっていました。

帰り際にママに聞くととても喜んで食べていたとのこと・・・。

「ホラ!やっぱり美味しかっただろ!」

 

残念だったのは大学の職員さんか、三人の女性が待ちきれずに、食べずに帰られたことです。

来店・注文が殺到、ご飯が切れて焚き上げる時間帯に入ってしまい、私が見込んだよりも時間が大幅に経過、貴重な昼休みの時間・お食事の機会を奪ってしまいました。

私も会社員時代に同じ体験をしたことがありますが、何とも不快な気分になったもので、自責の念にかられます

 

入学式・卒業式・早稲田祭など、来店者が殺到する「超戦闘モード」の日には、取り仕切りのなかで、避けようとしても思わぬ「ミス」が出てしまうことがあります。

この日、決してオーダー・注文の扱いや順番を間違えたわけではなかったのですが,状況を確認しお伝えする余裕もないまま、店の歴史の最後の最後に、痛恨の極みとなりました。

つぎにこのお三方がお見えになることがあれば、丁重にお詫びさせていただきたいと思っております。

 

泣いても笑っても、いよいよ明日は入学式3日目、「最後の戦闘日」になりました。

 

 


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